四次元ことばブログ

辞書と言葉に関するあれこれを、思いつくままに書き記しておくことにしました。

「右」は国語辞書でどう説明されてきたか(3)『岩波国語辞典』以前

前回までに、戦前までの辞書における「右」の語釈を見てきました。

「右」は国語辞書でどう説明されてきたか(1)明治の辞書 - 四次元ことばブログ

「右」は国語辞書でどう説明されてきたか(2)大正~戦前の辞書 - 四次元ことばブログ

 

戦後になり、ようやく「右」の語釈に個性と呼ぶべきものが現れてきます。やはり刊行順にどんどん見てまいりましょう。

 

前回最後に見た『明解国語辞典』(以下、明国)の改訂版が、三省堂が戦後はじめて出した小型辞書です。初版の語釈から「人が」を削り、若干こなれました。

 

みぎ(0)[右](名)(一)日の出るほうへ向かって、南のほう。
――『明解国語辞典』改訂版(1952)

 

同年に三省堂が刊行した『辞海』は、『辞苑』に対抗して企画された中型の辞書。「右」は非常にシンプルです。

 

みぎ[右](名)(一)[0]東に向かって南の方。↔左
――『辞海』(1952)

 

さて、明国は初版と改訂版を合わせてなんと600万部も売り上げるという大成功を収めます。明国が質的に優れていたのも理由の一つですが、日常的に使える辞書が他になかったというのも大きかったでしょう。

 

ここに殴り込みをかけたのが、当時から教育出版で鳴らしていた旺文社でした。中学生向けの『中学国語辞典』は、小型の辞書ながら人名や書名など百科的な項目も立項しています。明国にはない特徴です。

 

みぎ[右](名)(一)はし〈箸〉を持つ手の方の側。
――『中学国語辞典』(1954)

 

出ました、久々の箸です。このブログで見てきた中では、『ことばのその』以来、およそ70年ぶりの登場になります。実質的には新規な語釈ともいえるでしょう。学習辞典としては、方角よりも箸の方がわかりやすいという判断があったのかもしれません。ただ、左手で箸を持つ人がいる以上、正確な語釈とは言えなかろうとは、前に述べた通りです。

 

この辞書では、なぜか「左」は方角で説明しています。どうも統一感がありません。

 

ひだり[左](名)(一)南に向いたとき、東にあたるほう。
――『中学国語辞典』(1954)

 

翌年、『中学国語辞典』を一般向けに増補し、各語に英訳をつけた『国語総合辞典』が刊行されます。語釈の大部分は『中学国語辞典』を引き継いでおり、「右」も例外ではありません。

 

みぎ[右](名)(一)箸(はし)を持つ手の方の側 The right ↔左
――『国語総合辞典』(1955)

 

同年に岩波書店から『辞苑』を改訂する形で編纂された『広辞苑』が刊行されます。

 

みぎ【右】①北へ向かって、東の方。左の正反対。みぎり。
――『広辞苑』(1955)

 

『辞苑』では「左の正反対。みぎり。」としかありませんでしたから、これでも進歩しています。「右」の全文を『辞苑』と比較してみましょう。『広辞苑』で新しく追加された箇所を赤で示しました。

 

みぎ[右](名)(一)左の正反対。みぎり。(二)二つのものを比較して勝れた方。(三)文書で前行に書いてある語句を指していふ。前条。(四)歌合せで、二首の歌を並べて判ずる時、前の歌を左といふに対して後のを右といふ。(五)うだいじん(右大臣)。
――『辞苑』(1935)

みぎ【右】①北へ向かって、東の方。左の正反対。みぎり。②(漢代、座席を右の方を上としたことから)二つのものを比較して勝れた方。③文書で、前行または前条。日葡辞書「ミギニマウシタゴトク」右翼の略。
――『広辞苑』(1955)

 

かなりの増補です。また、『辞苑』の(四)(五)の語義はばっさり削除し、ぐっと現代的になっています。『広辞苑』は古い意味ばかり載せている辞書というイメージもありますが、一概にそうとは言えないかもしれません。

 

昭和31年、今日の国語辞書では当たり前となっている豊富な作例に先鞭をつけた名辞書『例解国語辞典』が刊行されます。

 

みぎ[右](体)〔「左」の対〕①東を向いた時、南に当る方。「―へ〔に〕曲る〔折れる〕」「―へ倣(なら)え」

――『例解国語辞典』(1956)

 

「例解」の看板は伊達ではなく、「右」の項目にもしっかり作例が備わっています。これまで、ただ「東を向いたとき南にあたるほう」とだけ説明され、茫漠としていた「右」の意味が、「右へ曲がる」という典型的な例を示すことで、輪郭がはっきりした気がしませんか。

 

現在、『例解国語辞典』は書店から姿を消してしまいましたが、そのDNAは後発の辞書にしっかり刻まれています。

 

小学館の『新選国語辞典』は、序文で「適切な例文をあげ」ることが語の理解に役立つと謳っています。『例解国語辞典』に倣ったものとも思えます。「右」に関してはシンプルで、

 

みぎ【右】[名]↔ひだり。①日の出るほうにむかって南の方。
――『新選国語辞典』(1959)

 

とあります。明国とよく似ていますね。引き写しも疑われますが、『新選国語辞典』は私の見たところでは明国にない見出しも多く、語釈もオリジナリティがあり、用例も充実しています。無批判に踏襲したものとは考えにくいと思います。

 

旺文社の『中学国語辞典』は『学生国語辞典』を経て『旺文社国語辞典』と社名を冠したものにリニューアルされ、てこ入れが図られます。ただし、語釈はまだ箸のままです。

 

みぎ[右]①箸(はし)を持つ手の方の側 (対)左
――『旺文社国語辞典』(1960)

 

ライバル辞書が増え、明国もぼやぼやしてはいられなくなりました。特に、表音式の見出しが学習には向かないという批判は受け入れざるを得ず、明国の学習版という位置づけで『三省堂国語辞典』が編纂されます。

 

みぎ[右](名)(一)日の出るほうへ向かって、南のほう。「―がわ通行」
――『三省堂国語辞典』(1960)

 

明国系の辞書の「右」にもついに作例が登場しました。

 

昭和38年、のちに伝説となる『岩波国語辞典』の「右」が登場します。

 

みぎ【右】①相対的な位置の一つ。東を向いた時、南の方。また、この辞書を開いて読む時、偶数ページのある側をいう。↔左。
――『岩波国語辞典』(1963)

 

この語釈については、井上ひさしの指摘が的を射ています。

 

たとえば「右」という項目を引くと,いきなり〈相対的な位置の一つ〉と,大きく把握する定義が現われて,それまでの,いじいじとした,陰気くさい説明に閉口していたわたしたちを,うれしく驚かせたのである.*1

 

傍線で示した説明部分〔筆者注・「相対的な位置の一つ」と「この辞書を~ある側をいう」を指す〕は、これまでの辞典になかったものです。〔中略〕その工夫を筆者はすばらしいものと考えます。*2

 

注目すべきは、はじめに井上ひさしの言う「大きく把握する定義」を示していることです。『言海』以来、辞書の語釈法は置き換え式(第1回参照)が主でした。しかし、「相対的な位置の一つ」では、実際の文章中の「右」とは置き換えがききません。「右に曲がる」を「相対的な位置の一つに曲る」とは言い換えられませんね。『岩波国語辞典』の「右」は、全体に説明式をとっていると言えるわけです。

 

すると、『岩波国語辞典』は、「東を向いた時、南の方」という語釈を、「右」の「意味」ではなく、「右」を説明する方法の一つと理解していると考えられます。「この辞書を開いて読む時、偶数ページのある側をいう」が、「右」の意味ではないことは言うまでもありません。『岩波国語辞典』においては、いずれも「箸を持つ方」と同じ、「わかりやすい説明法」として書かれていると理解することができます。

 

言海』以来、「右」が文中に現れたとき、これを厳密に置き換えられるのは方角による語釈だと(ある種無批判に)信じられてきました。しかし、『岩波国語辞典』はこれを踏襲せず、方角を用いた語釈もあくまで一説明法にすぎないと明示的に捉えたわけです。

 

改めて考えてみると、冒頭に挙げた『明解国語辞典』の語釈も、文中の「右」とは置き換えられません。「右に曲がる」を「日の出るほうへ向かって、南のほうへ曲がる」とは言えません。これでは必ず南へ曲がることになってしまいます。厳密に置き換えたければ、少なくとも「南にあたる方」と書かれねばなりません。『明解国語辞典』の「右」も説明的語釈といえるのです。ただ、このことがはっきり意識されていたかどうかはわかりません。『岩波国語辞典』の功績は、『明解国語辞典』方式の語釈も説明式であると看破したことにあると、私は考えています。

 

さて、『岩波国語辞典』が「右」を置き換え式でなく説明式で語釈するスタンスを示すと、他の辞書も、方角を用いた通り一遍な「右」の語釈から脱し、「わかりやすい説明」を追求する方針へと転換していくのです。続きはまた次回。

 

*1:more info 岩波国語辞典第六版 http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/080043+/menu1/index.html 2016年10月25日参照

*2:井上ひさし(1982)「続・理想の辞書」『本の枕草紙』文藝春秋 p.140