四次元ことばブログ

辞書と言葉に関するあれこれを、思いつくままに書き記しておくことにしました。

『新明解国語辞典』第4版が家に43冊ある豊かな暮らし

 

僕は国語辞書の収集を趣味にしています。中でも点数が多いのが『新明解国語辞典』第4版で、現在のところ43冊を所有しています。『新明解国語辞典』が43冊なのではありません。新明解国語辞典』の第4版だけで43冊あるのです。みなさんも辞書の20冊や30冊はお持ちだと思いますが、『新明解国語辞典』第4版だけで40冊あるというご家庭はあまりないのではないでしょうか。あったらお友達になってください。

 

新明解国語辞典 第4版

新明解国語辞典 第4版

 

 

新明解国語辞典』の初版は1972年に刊行されました。戦前の『明解国語辞典』を母胎に、内容を一新して成立した国語辞書です。「日本でいちばん売れている小型国語辞典」を自称しており、小型国語辞書ではトップのシェアを誇ります。

 

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▲一部

 

最新版は2011年の第7版ですが、ファンの間では1989年の第4版の人気が高いことで知られています。その一因は、赤瀬川原平の『新解さんの謎』にあるとみられます。『新解さんの謎』は、『新明解国語辞典』のユニークな語釈(ことばの説明)を味わうエッセイで、ベストセラーとなりました。それ以前から『新明解国語辞典』の面白さに注目する識者はいましたが、これが広く知れ渡ったのは『新解さんの謎』のおかげでしょう。その新解さんの謎』に登場していたのが、何を隠そう第4版だったというわけです。有名な面白い語釈が読めるのは第4版だと、今でもこれを探し求める読者が絶えないのです。

 

とりわけ有名なのは「恋愛」の語釈です。各所で何度も引用されておりもううんざりだという辞書マニアも少なくないと思いますが(たとえば僕など)、せっかくなので改めて引いておきます。 ※引用に際しては、約物(記号)などを省略しました。

 

れん あい【恋愛】―する 特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。「―結婚・―関係」

 

多くの人の辞書のイメージを覆したこの語釈は、第3版とも第5版とも異なっています。「合体」が見られるのは第4版だけとなると、人々がこぞって第4版を買い求めるのもうなずけるでしょう。

 

 刷が違えば別の辞書

 

さて、架蔵の『新明解国語辞典』第4版の内訳は以下のようになっています。

 

通常版:36冊
小型版:3冊
革装版、机上版、グンゼ株式会社仕様、中国版:各1冊

 

各1冊の革装版、机上版、グンゼ株式会社仕様、中国版は、いずれも見た目が通常版とはまったく違っています。中身が同じだとしても外見が違えばコレクターの所有欲を刺激する事実はどうにか分かってもらえるので、持っていることもそこまで不審がられません。それぞれの詳細については後述します。

 

不可解に思われやすいのが、3冊ある小型版と、そして何より36冊もある通常版です。普段遣い用、鑑賞用、保存用、布教用……にしても多すぎる。以前、親に蔵書の整理を手伝ってもらったとき、「どうして同じ辞書が何冊もあるんだ」と問われました。

 

否! 同じ辞書ではない!

 

偉い人はこう言いました。

“刷が違えば別の辞書”

と。

 

現在の辞書では、内容の大きな修正を伴う改訂を「版」で、同じ版のまま新たに印刷を行う場合を「刷(さつ・すり)」で数えるのが普通です。辞書の奥付に「第3版第6刷」と書いてあれば、それはその辞書の2度目の大規模アップデートがされたバージョンの、6回目に印刷されたものであることを示しています。

 

したがって、刷だけが違っている場合、内容にも違いはないというのが原則というか、たてまえです。なのですが、実際には増刷の際に一部の内容が手直しされるというのはよくあることです。内容が手直しされているんですから、刷が違えばそれはもう紛れもなく別の辞書ですよね。すんなり納得いただけたと思います。納得いただけたものと思って話を先に進めます。

 

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▲別の一部

 

我が家に36冊ある通常版の『新明解国語辞典』第4版は、いずれも刷が異なっており、それぞれ内容も微妙に違っているため、持っておく意味があるというわけです。もしかすると、全く内容に変更のない増刷もあるかもしれませんが、その事実を確認するためには当然それぞれの刷を見なければなりませんので、やはり持っておく意味があります。

 

当然、目指しているのはすべての刷のコンプリートです。現在所有している『新明解国語辞典』第4版のうちで最も数字が大きい刷は、1997年7月31日発行の第39刷です。この年の11月には第5版が刊行されていますので、これがほとんど最後の増刷ではないかとみられます。だとすれば、あと13冊で第4版のすべての刷をコンプリートできることになります。

 

ん? 計算が合わない? いや実は、初刷(第1刷)を5冊、第2刷~第7刷を2冊ずつ持っており、36冊すべてが別の刷というわけではないんです。刷の数字の小さいものはレアで人気も高いので、古書店で見かけるとつい救い出してあげたくなるんですよね……。特に初刷は貴重です。状態のいい保存用が2冊、普段遣い用に1冊、布教用に1冊、あとは予備……初刷はもうさすがに買い足すことはないと信じたい。

 

新明解国語辞典』第4版で「面白い」と人気のある語釈には、若い刷にしかなく、後の刷で修正されてしまったものが複数あります。いきおい、若い刷を求める人が多くなります。

 

たとえば、有名な「マンション」という語の語釈は、初刷から第4刷までは以下のようなものでした。

 

マンション〔mansion〕スラムの感じが比較的少ないように作った、鉄筋のアパート式高層住宅。〔各階で個人・家族が使用する一郭には、賃貸しのものと分譲する方式のものとが有る〕[かぞえ方]一棟(ヒトムネ)。居住者を中心としては一戸(イッコ)。部屋単位では一室

 

ところが、第5刷以降ではこのように書き改められているのです。

 

マンション〔mansion=もと、大邸宅の意〕高級性を志向した高層アパート。〔各階で個人・家族が使用する一郭には、賃貸しのものと分譲する方式のものとが有る〕「―のスラム化は当初から懸念された問題であった」[かぞえ方]一棟(ヒトムネ)。居住者を中心としては一戸(イッコ)。部屋単位では一室

 

また、有名なものだと、動物を「飼い殺し」にするなどと書いていた「動物園」の語釈は第7刷で穏当なものに修正されています。そのほか細かい修正は数知れず、「愛す」の項目が削除され子見出しだった「愛すべき」が独立したり(第2刷)、「(ねん)」の語釈が6行分も加筆されたり(第5刷)、「土塁」という項目が新たに追加されたり(第15刷〜第17刷)など、内容もタイミングも多岐にわたっています。

 

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▲また別の一部

 

将官」の項目にいたっては、第4版の間になんと都合3回も内容が書き換えられています

 

しょう かん将官】陸海空軍の武官のうち、大将・中将・少将の総称。(第1刷)

 ↓

しょう かん将官】〔陸海空軍で〕大将・中将・少将の総称。〔将校では最上級〕(第2刷)

 ↓

しょう かん将官】〔陸海空軍の将校で〕最上級のもの。佐官の上。→大将・中将・少将(第12刷)

 ↓

しょう かん将官】陸海空軍の将校を、大きく三つに分けた中の最上級のもの。佐官の上。(第17刷)

 

迷走の末、「将官」の語釈は結局これに落ち着いたらしく、最新の第7版でもこのままになっています。

 

他のバージョンも紹介

 

通常版以外の仕様についてもご紹介いたします。

 

判型の小さい小型版は、初刷こそ通常版と当時に刊行されましたが、それ以降は独立に増刷されているため、語釈の修正のタイミングが通常版と異なっています。まだ3冊しか確保できておらず、書き換えの実態をつかむには程遠い状況です。こちらもコンプリートを目指し、本腰を入れて集め始めたいと思っているところです。

 

革装版」は自慢の一冊です。豪華版で点数も少なく、さらに架蔵のものは状態が非常によくしかも初刷! ヤフオクなどでは1万円を超える値で出品されることもあり、純然たるコレクター品と化しています。中身は通常版と同じなので、完全に保存・鑑賞用です。

 

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▲革装版

 

机上版」はその名の通り、判型・活字を大きくした仕様です。こちらは小型版と異なり、通常版の出た1989年ではなく、やや遅れて1991年に初刷が刊行されています。

 

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▲机上版

 

グンゼ株式会社仕様」というのは、ちょっと説明を要します。これは、奥付に「平成八年十一月 グンゼ株式会社創立百周年記念」と記された特別仕様版で、要するに企業のノベルティとして製作されたものだと思われます。通常は赤色のビニール表紙も、グンゼのロゴと同じ青色になっているなど、たいへんな凝りようです。

 

詳細な発行日は不明で、中身がどの刷に相当するのかもはっきりとはわかりませんが、第32刷が1996年3月、第33刷が同12月の発行ですから、おそらく第32刷と同じ版が使われているのではないかと思います。

 

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グンゼ仕様

 

かつては、ノベルティとして国語辞書がよく選ばれていました。コレクションの中にも、『新明解国語辞典』第3版のアンリツ仕様や、『三省堂国語辞典』第3版の東京コカ・コーラボトリング(現コカ・コーラボトラーズジャパン)仕様、『岩波国語辞典』第4版の三菱電機仕様などがあります。どれも単に社名を入れただけのものではない凝った装いをしており、辞書が輝いていた時代を見るようで懐旧の情にかられます。

 

最後にご紹介する「中国版」というのは、その名の通り中国で印刷・刊行されたバージョンです。世界図書出版公司という現地の出版社が三省堂から版権を取得して刊行したもので、序文等も含めて中身はまったく日本の『新明解国語辞典』第4版第2刷と同じです。中国では多くの学生が『新明解国語辞典』を使って日本語の学習をしていたと聞いたこともあります。本書もおそらくそういう人の手を離れてここへやって来てくれたのでしょう。

 

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▲世界図書出版公司

 

* * *

 

本稿では架蔵の『新明解国語辞典』第4版を題材にその収集の意義をつらつらと述べてきたわけですが、刷ごとの違いの事情は他の版、他の辞書においても似通ったものがあるわけで、その探究の果てしなさといったらありません。

 

今日もまた、まだ持たぬ刷を探し、古書店をさまよい歩くのです。