四次元ことばブログ

辞書と言葉に関するあれこれを、思いつくままに書き記しておくことにしました。

ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2023

辞書出版社の三省堂が毎年実施している「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語』」をリスペクトし、辞書ファンの私が勝手に選んでいる「ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語」。幾多の困難(家事など)を乗り越え、今年も無事、実施される運びとなりました。

 

例年通り、選考基準は本家「今年の新語」に則っています。

 

なお、今年はヤシロタケツグさんの企画「シン・今年の新語2023」にシン・選考委員として参加しました。シン・選考の過程で、他のシン・選考委員のシン・意見に触れる機会があり、私のランキングもそれらのシン・影響を受けているものと思われます。本家とあわせて、「シン・今年の新語2023」との比較もお楽しみいただければと思います。

www.poc39.com

 

今秋には『三省堂現代新国語辞典』(以下『三現新』)第7版が刊行されましたので、語釈は『三現新』風にしてみました(ここで立項された語は同書から引用し、その旨を注記。多義語でグレーの部分も同書からの引用)。

 

さっそく10位から発表だ!

 

10位 いかつい

いかつ・い厳つい〗〈形〉❶ごつごつ、がっちりしている。「―肩・―手」❷[顔が]怖こわそうな感じだ。「―男・―車」❸[俗語ぞくご]すごい。とんでもない。「―手口・プロに勝つなんて―ね」[いい意味でも、よくない意味でも用いる][類]やばい・半端ない・えぐい・えげつない

詳しくは拙稿「日本語の追っかけのすすめ:「いかつい」に注目して」をお読みいただければと思います。今年もテレビ番組などから安定して用例を採集でき、意味変化が気づかれてきたということで入選となりましたが、必ずしも今年らしいというわけでもなく、下位としました。とはいえ、まだこの意味を載せる国語辞書は出てきていません。

 

9位 オーバーツーリズム

オーバーツーリズム〈名〉[overtourism]観光客の過剰かじょうな集中による弊害へいがい観光公害(『三現新』より)

今年の『三現新』に立項されました。朝日新聞での初出は2018年とやや遡りますが、今年、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う入国規制が解除されてからさかんに言われるようになりました。Googleトレンドで見ると検索数も上昇しています。

 

8位 お気持ち

おきもち【お気持ち】[一]〈名〉「気持ち」の尊敬語(・美化語)。「―だけありがたく頂戴ちょうだいいたします」[二]〈名・自動サ変〉[俗語ぞくご]論理的でない、個人の意見。また、その意見を言いあらわすこと。[あざけって言う]「―表明・―レベルの議論・長文―する人」[用法]自分の意見を謙遜けんそんして言うこともある。[由来]二〇一六年、当時の天皇が退位の意向を表明した言葉を指した「お気持ち」を、反語的に用いたもの。[類]感情論

直接の元ネタは、2016年に今の上皇が表明した退位の意向が「お気持ち」と言い表されたことでした。その後、反語的に、理知的でない(とみなされる)ことばを揶揄する用法が広まりました。現在は、自分の意見を謙遜していう場合にも普通に使われるほか、サ変動詞化したり、「お気持ちレベル」「お気持ちベース」などの複合語で用いられたりもしています。上品な言い方ではありませんが、スラングとして広く使われ、無視できません。

 

7位 グローバルサウス

グローバルサウス〈名〉[Global South][南半球の]発展途上国や新興しんこう国。[対]グローバルノー(『三現新』より)

朝日新聞での初出も今年と、日本語で普通に見聞きするようになったのはかなり最近ですが、すでに『大辞泉』や『三現新』に載るなど、一挙に定着した観があります。時事用語として短命に終わることなく、今後も当面は用いられるものと思われます。

 

6位 しごでき

しごでき〈名・形動〉仕事がよくできる人(・ようす)。[くだけた言い方]「―な先輩」

現代用語の基礎知識』では2023年版(2022年末発売)で初めて立項されました。Xだと2018年あたりからちらほらと例が現れ始め、安定して頻度が上がっていることから、定着したものと判断します。「しごおわ〔=仕事が終わった〕」のように、「仕事」を「しご」と略す新しい方式を代表しての授賞という側面もないではありません。

 

5位 撮影罪

さつえいざい【撮影罪】〈名〉他人の下着や性的な部位を盗撮とうさつしたときなどに成立する罪。性的姿態等撮影罪。

毎度おなじみ百科語(大辞林)枠。今年施行の性的姿態撮影等処罰法で新設された罪の通称です。

 

4位 生成AI

せいせいエーアイ【生成AI】〈名〉条件に応じて、文章・画像・音声などのさまざまなコンテンツを自動生成するAI(人工知能)。[Generative AIの訳語](『三現新』より)

本当は大賞にしてもよいくらいの〝今年のことば〟なのですが、単純な複合名詞であることで順位を落としました。「今年の新語2006」における「スマートフォン」のような立ち位置です(2006年に「今年の新語」はありません。念のため)。また、そのものがさらに広く使われるようになれば、何らかの略称や、もっと短く言いやすい別語に置き換わる可能性もあります。ほとんどのAIが生成AIになって、単に「AI」としか呼ばれなくなるというのが最もありそうなシナリオでしょうか。

 

3位 フェム〇〇

フェム[fem]〈造語〉女性の。女性に関係する。「―テック・―ケア・―ゾーン(=女性の局部)」

新しい造語成分の最有力株です。先行していた「フェムテック」は2021年のユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされ、後に「フェムケア」がさかんに言われるようになりました。いわゆるプライベートゾーンは「フェムゾーン」と呼ばれ始めており、女性差別解消のための「フェムアクション」も注目されつつあります(「フェムアクション」は株式会社オカモトヤの商標)。今後の用法拡大も見込まれるところで、上位入賞としてよいでしょう。

 

2位 グルーミング

グルーミング〈名〉[grooming]❶整髪せいはつや、ひげそり。[類]身づくろい❷⇨毛づくろい。❸犯罪や性的な目的で、とくに未成年者を、ことば巧たくみに懐柔かいじゅうして信用させる行為こうい(『三現新』より)

ジャニーズ事務所の性加害問題で耳目を集めたことばです。また、今年の刑法改正で新設された「面会要求等罪」は「グルーミング罪」とも呼ばれています。Wikipediaの項目「グルーミング(性犯罪)」は2022年4月に立てられ、今年『三現新』にも立項されました。今年らしさ、高い定着度、命名による社会的意義などが揃っており、上位に選ばれてしかるべきでしょう。

 

大賞 全振り

ぜんふり【全振り】〈名・自他動サ変〉❶[コンピューターゲームで]複数のパラメーターに配分することができる数値を、ある一つのパラメーターにのみ割り当てること。「攻撃力に―する」❷[俗語ぞくご]時間、おかね、能力などを、ただ一つのことにつぎこむこと。「旅行の予算をホテル代に―する」[対]極振り

いや、異論はわかります。新語というわりには、古くからありすぎることばです。でも考えてみてください。本家「今年の新語2021」では、「『チル』を代表形とするのが妥当かもしれません」と付言された上で、「チルい」が大賞に選ばれました。「チル」なんて、音楽業界では相当前から使われていたことばです。ゲーム用語から一般語へと出世した「全振り」も、候補から外れるということはないでしょう。

 

さて、なぜ「全振り」に私的今年の新語の大賞を与えるかというと、根拠薄弱で歯切れは悪くなるんですが、個人的に今年身の回りでめちゃくちゃ聞いたからなんですよね。ゲームにまるで関心がなさそうな高齢の知人や、博物館ですれ違った若い女性たちなど、いろいろな人の口から「全振り」が飛び出していました。テレビ番組でお笑い芸人が使った例も記録しています。そのたびに、おお、ここまで「全振り」が浸透したかと感慨深く思ったものです。

 

私自身、「全振り」なんてずっと前から知ってるし使ってもいて、この語のアーリーアダプターからするとなんで今さら「全振り」が大賞なんじゃいと思われるに違いありません。しかし、かなり新語に強い『大辞林』(第4版、2019年発売)、『三省堂国語辞典』(第8版、2021年発売)、『三現新』(第7版、2023年発売)にも採録されておらず、どの辞書もそれぞれの刊行時点ではまだ定着したと考えてはいなかったわけです。また、これまで『現代用語の基礎知識』にも載ったことがありません。これらの辞書の判断も信用したうえで、今年に至ってようやく完全に日本語に定着したと考え、満を持しての大賞授賞とします。

 

まあ、本当のことを言うと、今年を代表するような一般語が全然思いつかなかったという消極的な理由も大きいんですが……。

 

選外 蛙化現象

今年非常に話題になり、意味の揺れも注目されました。将来辞書に載るほどかは不透明なため、選外として記録します。

 

AI枠

LLM 食わせる 呪文 ハルシネーション マルチモーダル

今年は生成AIが社会に大きな衝撃を与え、関連した新語がさまざまに社会に認知されました。本家「今年の新語2020」の「コロナ枠」にならい、「AI枠」を設け、特別に顕彰します。

 

今年は、本家がどの語を大賞に選ぶのか、本当にまったく見当がついていません。下馬評もかなり割れているようです。明日の選考発表会が楽しみです。