四次元ことばブログ

辞書と言葉に関するあれこれを、思いつくままに書き記しておくことにしました。

三省堂国語辞典から「MD」や「コギャル」を削ってほしくない人はどの辞書を買えばいいか

辞書のトップメーカーである三省堂が刊行する数ある国語辞書のうちの一冊『三省堂国語辞典』(以下『三国』)の8年ぶりの改訂版である第8版が、まもなく発売されます(2021年12月17日販売会社搬入予定)。

 

 

辞書にはそれぞれ特徴がありまして、この『三国』は、新語にべらぼうに強いことで知られています。今回の改訂版でも、3500もの項目が新たに追加されるそうです。3500ってものすごくて、『三国』第8版の全体の項目数が84000ですから、全体の4%が新項目ということになるわけです。半端ねえ。しかも『三国』は『広辞苑』なんかとは違って固有名詞や難しい専門用語は基本的に収録しないので、この3500項目はだいたい「完コピ」「斜め上」みたいな日常語なわけです。それが全体の4%。凄すぎ。

 

『三国』は徹底した現代主義の辞書で、いまの日本語を忠実に写し取ろうとしています。そのため、「現代語」ではないと判定されたことばはとっとと退場させる方針で、改訂での削除項目が多いことでも知られています。報道によると、今回は約1100の項目が『三国』から削除されるそうです。この中には「コギャル」「MD」「テレカ」など、一昔前の世代には当たり前だったことばが含まれています。

 

私は辞書マニアで、『三国』が項目を入れ替えまくる辞書だと知っているので、「ほ〜ん、まあそうなるわな」という印象だったのですが、マニアの常識は世間の非常識、これに対する反発の声がそこそこ上がっているようです。

 

その声の一部と、『三国』の編集委員の一人である飯間浩明氏の解説が、togetterにまとめられています。

 

togetter.com

 

反発の声は要するに、死語になったからって消しちゃうのはよくない、辞書で引けないと困るだろう、記録としても大事だろう、という話です。この気持ちはよくわかります。ただ、『三国』は古いことばを残す方針の辞書ではないのですね。

 

そこでマニアはすぐ「それは『三国」の役目ではありませ〜んwもっと辞書のことを勉強してくださ〜いw」と非マニアを馬鹿にしますが、これはマニアの悪い癖です。人生いろいろ、辞書もいろいろ。我々辞書マニアに求められているのは、一昔前のことばでも載っている辞書を求める人に、優しく手を差し伸べることではありませんか。

 

これまでの報道でわかっている、『三国』第8版からなくなることばをリストアップすると、以下の通りとなります。

 

歌本/営団/MD/女さかしゅうして牛を売り損う/企業戦士/携帯メール/携番/厚生省/コギャル/スッチー/赤外線通信/着うた/着メロ/テレカ/テレコ/伝言ダイヤル/とちめんぼう/ドッグイヤー/トラバーユ/パソコン通信/ピッチ/プロフ/ペレストロイカ/ミニディスク/弱き者よ、なんじの名は女なり

 

これらの語が今でも収録されている国語辞書こそ、「死語を消さないでほしい」というユーザーの要望にこたえられる辞書だということになりましょう。ええ、最新版の辞書14種類*1を引いて、確認しましたとも*2

 

果たして、上の25語のうち、最も多くのことばを載せている辞書は……!

 

 

 

大辞林』でした。

 

 

大辞林』は、『三国』と同じく三省堂から出ている国語辞書です。上の25語句のうち、「歌本」「企業戦士」「赤外線通信」を除く22語句を立項するという好成績でした(デジタル版の「大辞林4.0」による)。

 

これに次いで成績がよかったのが小学館の『大辞泉』で、20語句を立項しています。載っていないのは「歌本」「携帯メール」「携番」「伝言ダイヤル」「弱き者よ、なんじの名は女なり」でした(デジタル版の「デジタル大辞泉」による)。

 

大辞林』と『大辞泉』がトップに来そうなことは、辞書マニアならだいたい予想できたと思います。この2冊は、項目数が30万前後と多く(業界では「中型」といいます)、新語や俗語もたくさん載せるという方針が共通しています。『三国』からなくなることばたちも、だいたい載せてそうだよなという感じがしました。

 

ただ、この2冊は中型の辞書で、8万語クラスの小型である『三国』とはキャラが違います。『三国』の3倍以上も項目があるのだし、そりゃ載せる余力もあろうというものです。フライ級の選手とヘビー級の選手を戦わせるようなもので、これをもって『三国』より『大辞林』のほうがいいと言ってしまうと『三国』が気の毒です*3

 

それに、『大辞林』と『大辞泉』を両方持っていても、「歌本」が引けないじゃありませんか!

 

『三国』と同じくらいの規模で、『三国』から消える語をそれなりに載せている辞書は……!

 

 

 

 

 

 

 

f:id:fngsw:20211213161416p:plain

 

ないです。ありません。

 

小型辞書トップの『集英社国語辞典』も、載せているのは12語句どまりで、半分にも届きませんでした。

 

それに、どの辞書も、『三国』のように改訂時に削除したから最新版に載っていないのではなく、そもそも最初から載せていないというパターンがほとんどです(「テレカ」など一部そういう語もあるにはありますが、例外的です)。

 

小型辞書に限ると、「携番」「スッチー」「赤外線通信」「伝言ダイヤル」「ピッチ」といった語が、『三国』にだけ一時掲載されて、そして去っていくのであって、他の辞書にははなから載りもしません。「歌本」なんかは、中型・大型を含めても、他のどの辞書にも載っていないのです。

 

これが『三国』のすごみなわけです。その時点で広く使われていることばなら、他の辞書にあろうがなかろうが、ためらわずに載せる。使われなくなったことばには、いさぎよく退場してもらう。結果として『三国』は、その時点での日本語の全体像を忠実に写し取った、他に類をみない辞書になっているのです。

 

しかしそれでは、『三国』と同規模で、かつ『三国』から消えてしまうような語句が載っている辞書がほしい人には、選択肢は残されていないというのでしょうか。

 

ここで私は、ひとつのソリューションを提案します。

 

 

 

 

 

 

 

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三省堂国語辞典』第7版を買え。

 

 

今までどうしてこんなに簡単なことに気がつかなかったのでしょう! 『三国』第8版で退場してしまうことばが惜しいのなら、第7版を今のうちに買っておけばいいのです。これが一番確実で早い。ほかの辞書にない「歌本」もちゃんと載っています。

 

そりゃまあ、過去の『三国』の削除項目を全部ピックアップして、何版で削ったのかを書き添えた一覧があれば私も一番うれしいですが、たぶんマニアしか買わないし、マニアはもともと旧版も買い揃えているから別にそんなのなくても大して困らないし、出版社もお金が5000兆円あるわけでもないので、削除項目の辞書の刊行はあまり期待できないでしょう。

 

だから、「『三国』から古いことばを消してほしくない」派の人は、第7版と第8版を両方買って、両方引くというのが絶対に最良の選択肢なのです。

 

えっ、そんなめんどくさいことやってられないって? ははは、わがままさんですね。でも大丈夫。アプリ版なら、いちど文字を入力すれば、複数の辞書を一気に検索してくれるので、手間がかかりません。『三国』の第7版と第8版を両方買っておけば、両方同時に検索できます。

 

辞書 by 物書堂

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▲ App内課金で『三省堂国語辞典』を購入できる

 

そして、『三国』第7版がアプリで買えるのは、おそらく今だけです。第8版が刊行されたら販売は終わってしまうことでしょう。紙の辞書ならば古本が簡単に手に入ると思いますが、アプリだと12月17日を迎えたら二度と手に入らなくなるはずです。急げ〜!

 

 

……とか書いていたら、とんでもねえビッグニュースが飛び込んできました。なんと、第8版のアプリ版には、「第七版から削除した項目例400」が付録としてついてくるというではありませんか!

 

 

あれだけ要望の多かった「削除項目の辞書」ですよ。こりゃあ売れに売れちゃいますよ。

 

語釈もあるのか、見出し語のみなのかはまだわかりませんが、削除項目をこれだけの規模で公にするというのは、国語辞書においては過去に例がないのではないでしょうか。

 

項目の削除はどの辞書も多かれ少なかれやっています。しかし、今回の反発にも端的にあらわれている通り、削除項目を公表してしまうと、ネガティブな印象を抱かれこそすれ、好意的に受け止められることなどまずありません。なのになぜ『三国』はこれをやるのか。「コギャル」も「MD」も、現代日本語からは姿を消した――その判断に、『三国』が絶対的な自信を持っているからに他なりません。マジリスペクトっす。

 

とはいえ、アプリで明らかになる削除項目は400にとどまり、1100すべてではありません。やはり旧版も持っておくに越したことはありませんね。

 

さて、ここからは、くそ真面目な話も含んだ余談です。

 

『三国』編集委員である飯間氏は、以下のように、『日本国語大辞典』(以下『日国』)のような辞書もあるのだから、『三国』が死語を削除しても心配には及ばない(とまでは言っていませんが、そうとも受け取れる)とツイートしています。

 

 

『三国』の版元である三省堂も、「一度載せたら基本的に削除しない主義」の辞書として『新明解国語辞典』(以下『新明国』)を挙げ、「着メロ」「パソコン通信」が『三国』から消えることを嘆くセガ公式アカウントに「ご安心ください」と返信しています。

 

 

しかし、ここにはちょっとした嘘というか、ずるがあります。

 

『日国』は50万もの項目を擁する日本最大の国語辞書で、古語から現代語、俗語から専門用語まで、「ありとあらゆる」と言っていい範囲の日本語を採録しています。たしかに、歴史上の日本語を網羅する『日国』と、今この時点での日本語の全体像を示す『三国』とで、役割分担をしている面はあります。

 

しかしながら、『日国』が『三国』にあることばをカバーしているかというと全然そんなことはなくて、たとえば上の削除項目のうちでは、「コギャル」も「スッチー」も、「MD」さえも引くことができません(もちろん、どれも『日国』第2版の刊行時には存在していたことばです)。

 

『新明国』もまたしかりです。原則として項目の削除を行わないという同書は、新語の立項には『三国』よりもはるかに抑制的で、「パソコン通信」も載っていませんし、「コギャル」も「テレカ」も「ペレストロイカ」も引けません。上の25項目のうち、『新明国』にあるのはわずか7語です。

 

『日国』も『新明国』も、決して『三国』の代わりにはならないのです。だから、「『三国』の方針に不満足な人には『日国』や『新明国』がある」というのは、ことばは悪いですが欺瞞ではないでしょうか。

 

収録語の傾向でいえば、新語に関しては先述のとおり『大辞林』『大辞泉』が『三国』と近いのですが、やっぱり『三国』の代わりにはなりません。「歌本」だけでなく、「ネゴシエーター」「友の会」「そうですね」「方向感」「旬鮮」「(カレーの)○辛」などなど、『三国』にしか載っていない現代語は数多くあります

 

改訂版を作っている版元や編纂者の立場からは、「旧版に載っていることばについて調べたければ、旧版を引け」とは言いにくいのかもしれません。しかし、「古い時代のことばについて知りたいときに、当時の版を引く」というのは、紛れもなく辞書との正しい向き合い方のひとつであろうと思うのです。

 

「古いことばも残してほしい」と要望する利用者に対して、「いや、『三国』はそういう辞書ではないですから。辞書は他にもありますし」と突き放すのは、誠実ではないし、「そうか、では他の辞書を使おう」と思われてしまって、『三国』の価値を損ないかねません。

 

『三国』は、項目の削除が多いことも含めて、他の辞書にはないすぐれた特徴を備える唯一無二の辞書です。現代のことばについて知りたいときには最も頼りになりますし、一昔前の〝最新〟のことばについて調べたいときには、旧版が頼りになります。『三国』はそういう辞書なのだと、声を大にして言いたいと思います。

 

参考文献

「さよならMD、店頭からも辞書からも 平成に刻まれた思い出は消えず」、「朝日新聞デジタル」2021年12月3日 https://digital.asahi.com/sp/articles/ASPD32WD3PCZUTIL00Z.html
「「消える言葉」が映す国語辞典の役割」、「日本経済新聞」2021年12月5日 p.12
「国語辞典から“消える言葉” コギャル、着メロ、MD…新たに追加は「チル」や「ぴえん」 掲載の基準は?」、「FNNプライムオンライン」2021年12月6日 https://www.fnn.jp/articles/-/280957
みちょぱ、「とらばーゆ」に「知らない。食べ物?」国語辞典8年ぶり改定で1100語削除」、「サンスポ」2021年12月9日 
https://www.sanspo.com/article/20211209-HGWQ6F6NEZD53FLHFN3VMKATGQ/

※URLはすべて2021年12月13日に最終確認

*1:日本国語大辞典』『精選版日本国語大辞典』『広辞苑』『大辞林』『大辞泉』『新選国語辞典』『旺文社国語辞典』『岩波国語辞典』『新明解国語辞典』『現代国語例解辞典』『三省堂現代新国語辞典』『集英社国語辞典』『学研現代新国語辞典』『明鏡国語辞典』の、2021年12月現在の最新版。『大辞林』『大辞泉』はデジタル版

*2:見出し語形が一致する場合のみ立項していると判断し、語例や同義語などとしてのみ掲げられている場合は除外した。句項目については、多少文言が異なっていても立項されているとみなした。また、アルファベット略語表などの付録は対象外とした

*3:ただ、今はデジタル辞書で串刺し検索が容易になり、規模の異なる辞書も同じ土俵で戦わざるを得なくなってきています