四次元ことばブログ

辞書と言葉に関するあれこれを、思いつくままに書き記しておくことにしました。

「けもの」と「けだもの」はどう違う 横断比較国語辞書

 

けものは居ても のけものは居ない
本当の愛はここにある
――「ようこそジャパリパークへ」(大石昌良作詞) 

 

ふわああぁ!いらっしゃぁい!よぉこそぉ↑四次元ことばブログへ~!どうぞどうぞ!ゆっぐりしてってぇ!いやま゛っ↓てたよぉ!

 

国語辞書の良し悪しをチェックするのに最もてっとり早い方法のひとつに、同じ語の語釈(ことばの説明)を比べてみるやり方があります。

 

本稿では、2017年第1四半期のインターネットを大いに盛り上げた『けものフレンズ』に敬意を表し、「けもの」の語釈を引き比べてみましょう。

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比較するのは、先の記事(下)で採り上げた小型辞書16種の最新版に、中型の『広辞苑』第6版、『大辞林*1』、『大辞泉*2』、大型の『日本国語大辞典』第2版*3を加えた20冊です。

国語辞書の購入の手引き 市販15種徹底比較【1種追加】 - 四次元ことばブログ

 

なお、辞書の引用では、論旨に差し支えない範囲で約物やルビなどを省略し、改行を施したところがあります。

 

まどろっこしい前置きはこれくらいにして、さっそく見てまいりましょう。

 

多数を占めるのは、「けだもの」とだけ書いて、説明を「けだもの」の項に譲る方式です。

 

けもの【獣】
けだもの。
――『新選国語辞典』第9版

 

けもの【獣】
けだもの。
▽「毛物」の意。
――『岩波国語辞典』第7版新版

 

け もの【獣】
〔毛物の意〕けだもの。
――『大辞林

 

け-もの【獣】
((「毛物」の意))けだもの。じゅう。
――『学研現代新国語辞典』改訂第5版

 

『角川国語辞典』『新解国語辞典』『現代国語例解辞典』『新潮現代国語辞典』『明鏡国語辞典』も同じような感じです*4

 

その「けだもの」はというと、「全身に毛がある」「四本足の」「動物」という要素を揃えて語釈した辞書がほとんどです。四本足でない人間やクジラなどの海棲哺乳類は「けだもの」=「けもの」には含まれないとする辞書が多いということですね。また、人をののしる語の意味も備わっています。

 

け-だ-もの【獣】
①全身が毛でおおわれ、四本足であるく動物の総称。けもの。
②人間らしい心をもたない人をののしる語。人でなし。
――『新選国語辞典』第9版

 

いやいや、ちょっと待ってください。「けもの」と「けだもの」は全く同じものではないような気もします。他の辞書も引いてみましょう。

 

『旺文社国語辞典』では、それぞれこのように説明されています。

 

け-もの【獣】
(毛物の意)毛でおおわれ四本の足で歩く哺乳動物。けだもの。
――『旺文社国語辞典』第11版

 

け-だ-もの【獣】
(毛の物の意)
①→けもの
②人間らしい心をもたない人をののしって言う言葉。
――『旺文社国語辞典』第11版

 

わかりますでしょうか。「けもの」と「けだもの」で意味が共通しているのは、動物についてだけで、「人をののしって言う言葉」の意味は「けだもの」にしかないという処理をしているわけです。

 

「けもの」を「けだもの」としか説明していなかった『岩波国語辞典』で「けだもの」を引き直してみると、このようになっています。

 

けだもの【獣】
全身が毛でおおわれ、四足で歩く動物。けもの。
▽「毛の物」の意。なお、人をののしって言うのにも使う。
――『岩波国語辞典』第7版新版

 

罵倒語としての意味は補注で扱っていますから、『岩波国語辞典』も『旺文社国語辞典』と同様の判断をしていると理解できます。『角川必携国語辞典』『広辞苑』『日本国語大辞典』も同じ立場のようです。

 

なるほど、動物についていう「けもの」と「けだもの」は同じ意味だが、「けだもの」は人をののしるのにも使える、というのは明快な結論のように感じられます。

 

さて、単語による言い換えの語釈を採用する辞書には、他に『集英社国語辞典』と『大辞泉』があります。

 

け-もの【獣】
《毛物の意》獣類。けだもの。
――『大辞泉

 

大辞泉』は、「けだもの」より先に「獣類」を挙げています。こういう場合の語釈の読み方は、あまりはっきりしません。「けもの=獣類」かつ「けもの=けだもの」であると言っているのか、「けもの」と「獣類」は同義だが、「けもの」と「けだもの」は類義であるものの完全な同義ではないということなのか、あやふやです*5。とりあえず、「獣類」を引いてみましょう。

 

じゅう-るい【獣類】
けだものの類。けもの類。
――『大辞泉

 

結局、「けもの=けだもの=獣類」という関係のようです。とはいえ「けだものの類」には「人間としての情味のない人」(大辞泉)は含まれないと読むのが自然ですから、『旺文社国語辞典』などと同じ理解と考えられます。

 

集英社国語辞典』の「けもの」は、「哺乳類」が先です。

 

け もの【獣】
哺乳類。けだもの。
▽毛物の意。
――『集英社国語辞典』第3版

 

集英社国語辞典』で「哺乳類」を引いてみます。

 

ほにゅう【哺乳】 ―類{るい}
脊椎動物門哺乳綱に属する動物の総称。生物の中で最も進化した類で、人類を含めた肺呼吸をする定温動物。少数の例外を除き、胎生で母乳によって子を育てる。▽mammals
――『集英社国語辞典』第3版

 

つまり、人類やクジラも「けもの」に含むと言っていることになります。

 

念のために「けだもの」も引いてみます。

 

け だ もの【獣】
①全身に毛が生え、四つ足で歩く、比較的大型の哺乳類。けもの。
②人間的な情味のない残忍な行いをする人をののしっていう語。
▽「だ」は「の」の意で、毛の物の意。
――『集英社国語辞典』第3版

 

なるほど、「けだもの」は「哺乳類」=「けもの」より意味が狭く、人類は「けもの」ではあるが「けだもの」ではないというふうに読めますね。

 

人間も「けもの」に含まれるのか、そうでないのか。このあたりは各個人でも判断が割れそうなところですが、「動物についていう『けもの』と『けだもの』は同じ意味」という見解には再考の余地がありそうです。

 

「けもの」と「けだもの」に別々の語釈を与えているものが、『集英社国語辞典』のほかに5種あります。『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』『角川新国語辞典』『三省堂現代新国語辞典』『小学館日本語新辞典』です。

 

新明解国語辞典』の見解はこうです。

 

けもの【獣】
〔毛物の意〕(人間を除く)哺乳動物の通称。「クジラも―の一類だ」
――『新明解国語辞典』第7版

 

けだもの【獣】
全身毛でおおわれ、四足で歩く哺乳動物。〔「けだもの同様に本能のままに行動する人間」の意で、欲望むき出しの人や義理・人情をわきまえない人をののしっても言う〕
――『新明解国語辞典』第7版

 

いずれも哺乳類を指すが、「けもの」のほうが「けだもの」より意味が広いということで、『集英社国語辞典』と基本的には同じ立場をとっています。「クジラもけものの一類だ」という例文も、語釈の理解を非常によく助けてくれます。加えて、「けもの」には人間を含まない場合があることも示しています*6。引き直しの手間がなく、記述も明瞭だという点では、『集英社国語辞典』よりわかりやすい語釈です。

 

『角川新国語辞典』も似たような立て付けです。

 

け-もの【獣〈獸〉】
哺乳動物の通称。けだもの。
――『角川新国語辞典』

 

け-だ-もの【けだもの[獣〈獸〉】
①四つ足で全身に毛がある、人間以外の哺乳動物。けもの。
②残酷な、また非情な者をののしっていう語。
――『角川新国語辞典』

 

一方、『三省堂国語辞典』と『三省堂現代新国語辞典』は、これらとも見解が違っているようです。

 

まずは『三省堂国語辞典』。

 

けもの[獣]
〔=毛物〕毛の はえている四本足の動物。哺乳類。けだもの。
――『三省堂国語辞典』第7版

 

けだもの[(獣)]
①からだ全体に毛が はえ、野山を走り回る動物。けもの。
②野獣。
③ざんこく、または、下劣な人を ののしって言う ことば。「人間の顔をした―だ」
――『三省堂国語辞典』第7版

 

三省堂国語辞典』は、他の多くの辞書同様、人間やクジラは「けもの」には含まないという判断のようです。しかし、「けだもの」には「けもの」と別の語釈を与え、「野山を走り回る」という独特の表現を採用しています。

 

三省堂国語辞典』の前身である『明解国語辞典』を引いてみると、他の辞書とほとんど同じであったことがわかります*7

 

け もの[獣(獸)]
(一)けだもの。
(二)家畜。
――『明解国語辞典』改訂版

 

けだもの[獣(獸)]
(一)全身毛でおおわれ、四足で歩くほにゅう動物。
(二)人をののしっていうことば。
――『明解国語辞典』改訂版

 

これが、『三省堂国語辞典』の初版では、このようにがらっと変わります。

 

け もの[獣]
(一)毛の はえている動物。けだもの。
(二)家畜。
――『三省堂国語辞典』初版

 

けだもの[獣]
(一)からだ全体に毛が はえ、野山を走りまわる動物。けもの。
(二)野獣。
(三)人を ののしっていう ことば。
――『三省堂国語辞典』初版

 

「けだもの」の語釈は現行のものとほぼ同じですが、「けもの」の語釈に「四本足」はありません。「四本足」が復活するのは第4版から。いったいどういう判断があったのでしょう。

 

②の「野獣」というのも唯一で、不思議です。「野獣」を引くと、こうあります。

 

やじゅう[野獣]
①野生の けもの。
②「野獣①」のように あらあらしい人間。
――『三省堂国語辞典』第7版

 

「けもの」に帰ってきた! 混乱してきました。整理すると、「けだもの」と「けもの」はどちらも毛が生えているが、「けもの」は必ず四本足で、「けだもの」は四本足かどうかわからないがとにかく野山を走り回っている。「けだもの」には別に「野獣」という意味もあって、これは野生の、毛の生えている、四本足の動物をいう、ということですかね。「野生」は「野山を走り回る」こととは違うのか、野山を走り回る動物で四本足でないものはいないのではないか*8など、引っかかる部分もありますが、こういうことなんでしょうか。

 

三省堂現代新国語辞典』は、『三省堂国語辞典』から枝分かれした辞書で、言わんとすることは『三省堂国語辞典』とおおむね同じようです。

 

けもの【獣】
からだ全体に毛が はえ、四本の足で歩く(野生の)動物。[類]けだもの・畜生・畜類
――『三省堂現代新国語辞典』第5版

 

けだもの【獣】
①からだ全体に毛が はえた、野生の動物。[類]けもの・畜生・畜類
②残酷な(・下劣な)人をののしって言うことば。[類]人でなし
――『三省堂現代新国語辞典』第5版

 

三省堂国語辞典』では「野山を走り回る」であった箇所が、『三省堂現代新国語辞典』では「野生の」となっています。やっぱり野生というのは野山を走り回っているということなんじゃありませんか。どうなんですか。わかりません。

 

だいたい、「けもの」と「けだもの」を区別するのに、「四本足」という条件がそんなに重要なのでしょうか。もしかして、もともと「四本足」というのは、人間および海棲の哺乳類と他の哺乳類を区別するための記述だったはずが、これを一旦削除した後、「けもの」の語釈に「四本足」を復活させてしまったことによって、あたかも「けもの」と「けだもの」の違いのように見えてしまっているんじゃないですか。『三省堂国語辞典』で「四本足」を削ったのは、「けもの」に人間やクジラをも含めるための処理だったはずなのに、何らかの手違いで、またうっかり「四本足」を取り入れてしまったんじゃないですか。どうなんですか。わかりません。

 

閑話休題。「けもの」と「けだもの」の違いを明瞭に述べたのが、『小学館日本語新辞典』です。

 

け-もの【獣】
(「毛物」の意)
①全身に毛のはえている四足の動物。広くは哺乳動物の総称。(例)クジラもけものの仲間だ / 鳥かけものか判別できない / けものの皮をなめす。
②人間味のない人にたとえていう語。(例)世の中には人間の顔をしたけものもいる。
[類語]「けもの「けだもの」の異同
1 この二語の意味領域はほぼ重なるが、「けもの」のほうは広義では哺乳類の総称になり、「けだもの」より広い。「カモノハシはけもの(×けだもの)だが卵生だ」など。
2 人間味のない人のたとえには両語とも使われるが、人をののしるときには「血も涙もないけだもの(△けもの)め」のように「けだもの」のほうが多く使われる。
――『小学館日本語新辞典』

 

詳しい! 圧倒的な詳しさで、補足の必要もないほど丁寧です。納得感は非常に高いのではないでしょうか。基本的な考え方は『新明解国語辞典』などと同じですが、「けもの」にも人間味のない人を指す用法があることを指摘しているのは本書だけの特徴です。

 

いちおう、「けだもの」のほうも引用しておきますが、詳しい説明は「けもの」の項に譲っている形です。

 

け-だ-もの【獣】
(「毛の物」の意)
①全身が毛でおおわれ、四足で歩く動物。
②人間的な情のない人、人間の道にはずれた人などをののしっていう語。(例)あいつは人間の皮をかぶったけだものだ。
→「けもの」の[類語]
――『小学館日本語新辞典』

 

『旺文社国語辞典』以下、「けもの」と「けだもの」の別を意識している辞書を見てゆくと、「けもの」を単に「けだもの」と言い換えるだけの辞書は、さすがに手を抜きすぎではなかろうかという気がいたします。『三省堂国語辞典』のような、比べて読んでみても結局何だかよくわからない語釈というのも考えものです。『新明解国語辞典』『小学館日本語新辞典』のように、「けもの」と「けだもの」の区別が妥当かつ明瞭な語釈が、理想形に近いのではないでしょうか。

 

けものですもの 大目に見ててね
――「ようこそジャパリパークへ」(大石昌良作詞)

 

はい。

 

 

小学館日本語新辞典

小学館日本語新辞典

 

 

以下、蛇足的余談。

語誌的には、「けだもの」が畜類一般を、「けもの」が特に家畜を指したという説(『和訓栞』など)が妥当とも言われますが、はっきりしたことはわかっていないようで、『日本国語大辞典』も「けだもの」の項で「同様の意味を表わすケモノの形と平安時代初期以来今日に至るまで共存している。共存の理由も含めて両者の意味の相違はよく解明されていない」(第2版)と述べています。このあたりの議論は、辞書の引き比べの域を出てしまうので、本稿では触れませんでした。というか、触れられるだけの知識もありません。大目に見ててね。

*1:スーパー大辞林3.0,物書堂版 ver. 4.1.1

*2:HMDT版 ver. 3.7.1

*3:JapanKnowladge にて参照

*4:『角川国語辞典』には「②家畜」の語義区分があります

*5:そもそも、語釈の一文目の記述が見出し語と同義かも自明ではなかったりします。非常にややこしい話になるので、ここでは語釈の一文目の記述が見出し語と同義であるとみて話を進めます

*6:新明解国語辞典』では、丸括弧内は読んでも読まなくてもよいという決まりです

*7:順序としては、『明解国語辞典』が他の小型辞書に先行しています

*8:カンガルー……は跳ねているのであって走ってはいないな