たほいや入門
※本稿は、2013年12月のコミックマーケット85にて頒布した『TECHRIOR vol.2』(テクリア)所収の「たほいやのルール」「初心者を卒業するためのたほいや講座」を改稿したものである。
※本文中にはかつてフジテレビ系で放送された「たほいや」でお題となった語のもじりがいくつか含まれている。該当箇所には脚注で『広辞苑』第7版からその語釈の一部を引用した。
「たほいや」というゲームをご存じだろうか。簡単に言えば、『広辞苑』に載っている変な言葉の意味を推測し、当てるゲームである。きわめてシンプルなルールながら、蓋を開けてみればそこは高度な頭脳戦が繰り広げられるバトルフィールドである。脳が溶けている人もよくいる。読者諸氏にも、この世界を思う存分味わっていただきたい。
たほいやのルール
●プレイヤー
・4~6人(4人以上なら何人でもよいが、多すぎるとうんざりする)
●用意するもの
・『広辞苑』
・回答用紙と筆記具……回答用紙はメモ用紙程度の大きさのものを大量に用意する。大量にあればあるほどゲームが長く続く。筆記具は人数分用意する。
・ホワイトボードとペン……書いたり消したりできるものがあると便利だが、A4サイズ前後の紙でもよい。
・チップ……10×人数枚用意する。ポテトチップでもよいが、手がべたつく。
●ゲームのすすめかた
○準備フェーズ
1.プレイヤーに10枚ずつチップを配布する。
2.任意の方法(くじ、じゃんけん、投票、たほいやなど)で親を決める。
○出題フェーズ
1.親は『広辞苑』から誰も知らないであろう言葉をひとつ選び、すべてひらがなでホワイトボードに記し、プレイヤーに示す(例えば、「水マンガン鉱」を出題するのであれば、「すいまんがんこう」と記す)。同音の異義語があるものは避ける。
(例)「ほころばかす」が出題された。
2.プレイヤーはその言葉の意味だと思しきものを回答用紙に記す。注意すべきは、プレイヤーは正しい意味を想像して書くのではなく、あたかも「広辞苑っぽい」文を書くのだという点である。他のプレイヤーをだますのが目的だからである。このとき、ふりがなを振るなどして、親がそれを正しく読めるよう工夫するとよい。自分の名前もあわせて書く。
(例)回答用紙に「ギリシャの哲学者。 和達紅夫*1」と記す。
3.親は、『広辞苑』の語釈を回答用紙に記しておく。引用するのは、語釈の冒頭から任意の句点まででよい。かっこが用いられている場合は、これを省いてもよいし、省かなくてもよい。
4.全員書き終わったところで、親はプレイヤーの回答用紙を回収する。
5.親は、回答用紙を任意の順番で読み上げる。この際、プレイヤーは自由にメモをとることができる。すべて読み終わった後、親に再読を求めることもできる。ただし、漢字や、言葉の意味を尋ねてはならない。
(例)①ドイツの計算機器。
②「ほころばす」に同じ。
③稲穂の間を秋風が吹き抜ける。
④ギリシャの哲学者。
○ベッティングフェーズ
1.プレイヤーは、正しい広辞苑の語釈だと思った番号ひとつに、1~3枚のチップをベットする。ベットする対象とチップの枚数は全員一斉に発表する。
(例)③に2枚賭ける。
2.親は、語釈がそれぞれ誰のものだったか、順に発表する。
(例)①ドイツの計算機器。これは名和靖*2さんです。
②「ほころばす」に同じ。これが広辞苑です。
③稲穂の間を秋風が吹き抜ける。これは梶橋叶*3さんです。
④ギリシャの哲学者。これは和達紅夫さんです。
3.以下のルールに従って点数計算をする。間違えた人は悔しがり、正解した人は狂喜乱舞する。
①親は、正解者に、その人の賭けた枚数だけチップを渡す。
②不正解者は、親にチップを1枚渡す。ただし、正解者が一人もいなかった場合は、2枚渡す。
③さらに、不正解者は、自分をだましたプレイヤーに、賭けた枚数だけチップを渡す。
(例)不正解なので、親に1枚、だました梶橋叶さんに2枚のチップを渡す。
○それ以降
1.新たな親を任意の方法で選出する。ただし、2度親をつとめることはできない。
2.出題フェーズから繰り返しゲームを行う。
3.参加者全員が親をつとめたところで、その試合は終了である。最も多くの点を得た者が勝者となり、皆から崇められる。最も少ない点を得た者はコンビニまで焼きプリンを買ってこさせられることがある。
初心者を卒業するためのたほいや講座
はじめに
たほいやの世界は楽しんでいただけただろうか。知らない言葉の意味を推測することがいかに難しく、一筋縄ではいかないことであるか、おわかりいただけたことであろう。
申し遅れた。私は、たほいや研究家の和達紅夫だ。言わずと知れたボードゲームサークル「サイタズマ*4」の初代総長を務め、サイタズマ主催のたほいや大会で22 回も優勝の栄冠を勝ち取っている。好きな食べ物は酢豆腐*5とハムサンド*6、愛読書は『子思子*7』、趣味は風呂を満タン*8にすることだ。
たほいやは90 年代に一世を風靡したゲームだ。しかし、今はどうだろう。プレイヤーの数は急速に減少し、大会は開かれず、知名度は下がり、その名を知っている人すら少数派となってしまった。この現状を憂い、たほいやを再び世に広めようと、こちらに記事を書かせていただく次第である。
さて、本稿は、これからたほいやを始めようとしている方や、たほいやを始めたばかりだという方のために、もうワンランク上の技術を身につけていただくためのものである。それとともに、たほいやの基礎的なテクニックを記録するねらいもある。たほいやのプレイヤーが少なくなり、技術が失われることになるのではないかという問題意識は常にあった。たほいやがどのような技術をもって実施されていたか、後の世の人が本稿をもって知ることができれば幸いである。
第一章 だますテクニック① ~「広辞苑っぽさ」を演出する~
たほいやの眼目は、なんといっても嘘の記述で他のプレイヤーをだますことにある。より多くの人をだました者がより多くの点を得ることができるし、己の知力によって他人を欺くことができたときの快感はなんともいえない。
では、どのようにしたら他のプレイヤーをだますことができるのだろうか。結論は簡単である。子のときは、いかにも広辞苑のような文体で書くこと。親のときは、いかにも子が書きそうな説明の語を選ぶこと。当然、この裏をかくこともできるわけだが、原則はこの二つだ。
まずは、子として嘘の語釈を書くときのコツを伝授しよう。すなわち、以下は「広辞苑っぽさ」を演出するための技術である。
テクニック1 「~の意」は使わない!
辞書の語釈は一般的にその見出し語の品詞がわかるように記述される。たとえば、形容詞「やばい」は、「不都合である。危険である。」と説明される。仮に「不都合である意」と説明されれば、「やばい」の品詞がわからず、やばい。
広辞苑にも、当然語釈に「~の意」は全くないといっていいほど使われていない。初心者はこの書き方をしてしまいがちだが、これだけは絶対に避けたい。
なお、同様の理由で「~のこと」という表現が用いられることも多くはないが、名詞であることは示せるため、決して少ないというわけではない。使うのを避けるのは賢明だが、広辞苑の記述ではないと判断する材料とするのはよしたほうがよかろう。
テクニック2
動物、植物、人名の定型文を用いる!
動物、植物、人名については、語釈の書き方がおおむね定まっている。それぞれ、「○○科(○○目○○科となることもある)の○○(哺乳類、鳥、ハチ、海産の硬骨魚など)」「○○科の○○(多年草、落葉低木など)」「○○(国名など。大正時代、ルネサンスなど時代が加わることもある。日本人名は時代のみのことも多い)の○○(動物学者、僧など。単に「人」というときもある)」という書き方がなされているものがほとんどである。
これらは使い勝手がよいため、嘘の語釈だと見破られることも多いので、むやみに使うことは避けたい。しかし、タイミングさえ誤らなければ、うまくプレイヤーをだますこともできる。定型文から逸脱しないように注意し、効果的に用いたい。
なお、地名については特に決まった形はないようで、さまざまに説明されている。
テクニック3
お題から連想しにくい語釈を考える!
お題が発表されると、どうしてもその言葉の正しい意味を予想してしまう。あるいは、その言葉から、既に知っている別の言葉や物事を連想してしまう。ややもすると、それが嘘の語釈に反映されてしまう。
しかし、出題者側の「だましたい」という意図を考えると、お題の語感がその意味に反映されているケースは多くないと考えられる。そうであるため、逆に、お題から受ける印象とはかけ離れた語釈を示すことで、他のプレイヤーを自分の解答に誘導することが可能となるのである。
テクニック4
多くの情報を、不自然なほど短い文に詰め込む!
広辞苑は紙の辞書である。そのため、紙幅に限界があり、多くの語を収録するためにはなるべく語釈を短く記述する必要が生じる。したがって、詳細な説明が必要な語句でも、できる限り短く書ける表現がとられている場合が多い。
たとえば、「ローレライ」は、「ライン川中流の右岸にそびえる巨岩およびその岩上に憩う妖女。」と説明される。「ライン川の中流」「岩の上」などとせず、削っても問題ない助詞は削ってしまう(ちなみに「岩上」という言葉は広辞苑には収録されていない)。また、短いもののいまいち意味が伝わりにくい「憩う」「妖女」といった言葉も用いている。
しかしながら、「巨岩およびその岩上」をまとめて「巨岩」と書くというようなことはしていない。情報の正確性を損なわせることはしていないのである。
とはいえ、短さを追求すると表現がどうも不自然なものになってしまう。実は、これはむしろ効果的なことなのだ。文がこなれていない感じが、まさに広辞苑といった印象を与えるのである。
こういった要素を持つ語釈を書ければ、たほいやのプレイヤーとしてはなかなかのものである。すぐにでも岩波書店で仕事ができるよ。練習を重ね、習得しよう。
第二章 だますテクニック② ~出題で裏をかく~
親になったとき、どのような単語を出題すべきだろうか。先述したとおり、親は、子が書きそうな説明がなされている語を選択すればよいのである。すなわち、これまでに述べてきたテクニック1からテクニック4の要素を備えた説明がなされているものを選ぶのがベストだ。プレイヤーがその選択肢を見たとき「これは子が書いたものに違いない」と判断し、賭けの対象から除外すれば成功である。
さて、以下では、例外的なテクニックをいくつか挙げよう。
テクニック5
語感と意味がごく近い語を出題する!
テクニック3で、子はお題から連想しにくい語を書くと効果的だと述べた。では、親も語感と意味がかけ離れた語を選び出題すべきかというと、そうではない。極端に語感と意味が近い語の場合は、子のプレイヤーがやけくそで意味を記述したような印象を与えるため、賭けの対象とされにくくなるのである。
テクニック6
語釈が極端に短い語を出題する!
広辞苑には、語釈の最初の一文がたったの一語で終わっている語が意外に多い。たとえば、「めらわ」「ほろんこ」「こうにほんぶんてん」の語釈の頭の一文は、それぞれ「女の子。」「子馬。」「文法書。」である。ここまで短いと、テクニック5と同じく子のプレイヤーがやけくそで意味を記述したような印象を持たれ、賭けの対象とされにくくなる。
なお、広辞苑の語釈のうち、どこまでを引用するかという問題はある。先ほど挙げた「こうにほんぶんてん(広日本文典)」の語釈は、実際には「文法書。大槻文彦著。一冊。一八九七年(明治三〇)刊。『言海』の巻頭に載せた『語法指南』を……」と、5行にわたって記述されている。選択肢に掲げるとき、「文法書。」だけで止めるか、「文法書。大槻文彦著。」まで書くか、さらに「一冊。」も加えるか。最適なものを判断するのは難しい。それまでのゲームの流れや、嘘の語釈と比較して、最もよいと考えられる長さをその都度判断するほかない。
テクニック7
語釈が長い語は出題しない!
いくら語感がおもしろい語だからといって、語釈があまりに長ければ、一発でそれが広辞苑の語釈だとばれてしまう。たとえば、「わだちべにおふめん」は語感が面白く、出題したときは盛り上がるであろう。しかし、その語釈の第一文は「弧状列島の地下で、海洋プレートの上部に沿って分布する震源を連ねた面。」と、とても長い。これが広辞苑の語釈だと見破られるのは必至だ。
ちなみに私の名前は和達紅夫である。
第三章 正解を導くテクニック
子になったときは、他のプレイヤーをだますだけでなく、当然他のプレイヤーにだまされないようにすることも肝要だ。これまでに述べてきたことを用いても、嘘の選択肢がどれか見当をつけることができる。以下では、正解を導くためのテクニックを挙げていこう。
テクニック8
どのプレイヤーが書いたのかあたりをつける!
知り合いどうしでたほいやをプレーしている場合、正解の選択肢を導くにはこれが最もやりやすい方法である。それぞれのプレイヤーの知識の偏りや文のクセから、それぞれの選択肢を書いたのは誰か見当をつけ、消去法で広辞苑の語釈を導き出すのだ。
また、プレイヤーが知り合いでなくとも、何度か試合を重ねる中で、各人の文体や記述の傾向を掴むことは可能だ。それぞれのプレイヤーがどのような偽の語釈を書いているかよく注意し、動向を見極めよう。
テクニック9
文体が不自然なもの選ぶ!
子は、なるべく広辞苑らしい文体を追求して嘘の語釈を考える。このとき、文体はシンプルで違和感のないものになりがちである。ところが、実際には、広辞苑には奇妙で不自然な文体で書かれた語釈が多く存在するのである。そのような文体のものが選択肢にあれば要注意である。それが広辞苑の語釈である可能性は高い。
たとえば、「るほう」は「しばしば報道すること。」と説明される。どうにも意味が捉えにくい不自然な語釈にも思えるが、これがまさに広辞苑のクセなのである。
おわりに
現在発売されている主な中型国語辞典は、『広辞苑』(岩波書店)、『大辞林』(三省堂)、『大辞泉』(小学館)の三冊だが、このうちたほいやに向いているのは広辞苑のみである。理由はふたつだ。ひとつは、広辞苑には、現在全く使われておらずほとんどの人が意味を知らない語が多く収録されていること。ひとつは、語釈が洗練されすぎており、普通の人にはよく意味がとれない語釈が多いこと。まさに、広辞苑はたほいやのための辞書なのだ。
同じ理由で広辞苑は普段使いには向いていないので、たほいやをしない人は大辞林か大辞泉を買おう*9。
たほいや関連文献
▲これがなければたほいやは始まらない。
▲ フジテレビ系「たほいや」で用いられたのが第4版。たほいやではこの版しか用いないという第4版原理主義者もいる。
▲フジテレビ系「たほいや」の記録。問題例も。
▲作中でたほいやが行われる。手に汗握るたほいやのプレイングはリアルで、必読。
▲こちらも作中でたほいやが行われる。しっとりめである。