『広辞苑』『大辞林』『大辞泉』はどう違う? 中型国語辞典徹底比較
2019年9月5日、三省堂から待望の『大辞林』第4版が刊行されました。2012年11月の『大辞泉』第2版、2018年1月の『広辞苑』第7版に続き、二十数万語規模の中型国語辞書3種の大規模改訂版が出揃った格好になります。
比較するなら今しかない!
以下、めちゃめちゃ長くなるので、最初に結論を先取りしたレーダーチャートを示します。あくまで超ざっくりとした比較ですので、参考程度にご覧ください。
まず『広辞苑』『大辞林』『大辞泉』の大まかな特徴を比べた上で、具体的な見出し語も対照してみます。これらをどのように使い分けたらよいかの参考になればと思います。
「中型辞書」の位置づけ
『広辞苑』のような、二十数万語を収録する規模の辞書を、ふつう「中型辞書」と呼び習わしています。「大型辞書」と呼ばれることもありますが、本稿では「中型辞書」で統一します。
かつては多くの種類が刊行されていましたが、今ではこの中型に属する国語辞書は『広辞苑』『大辞林』『大辞泉』の3種だけになってしまいました。
個別の特色を見る前に、まずは中型国語辞書に共通する特徴を挙げておきます。
古語から現代語まで収録
小型(6万~9万語)の辞書だと古語は収録しないのが普通で、あったとしても限定的ですが、中型辞書では古語にも詳しく解説が施されています。現在と過去で意味が変化した語については、その変遷がわかります。
実例が豊富
古語については、『枕草子』や『平家物語』などといった出典とともに実例が添えられています。近代作家の例も豊富です。そのことばが実際にどのように用いられていたかがわかるということです。小型の辞書で実例を掲げるものは多くありません。ただし、現代語については作例が中心となっています。
固有名詞・専門用語も収める
地名や人名、作品名、施設名などの固有名詞や、各分野の専門用語も収録の対象になっており、いわゆる「ことてん」の側面も持ち合わせています。
要するに、おおざっぱに言って中型辞書とは「古語+現代語」「国語+百科」の辞典であるということです。
なお、大型の辞書には50万語超を収録する『日本国語大辞典』があります。13巻におよぶ大部の辞書で、主にそのことばがいつから存在するかを調べるのに使います。中型辞書と違い、現代語の実例もふんだんに収めており、新しいものでは井上ひさしなどから例が引かれています。
例えるなら、小型辞書は普段遣いのハンドバッグ、中型辞書はちょっと荷物が多いときのボストンバッグ、大型辞書は旅行のためのトランクといったようなイメージです。目的に応じて使い分けるのが肝心です。
基本データ
広辞苑 | 大辞林 | 大辞泉 | |
---|---|---|---|
出版社 | 岩波書店 | 三省堂 | 小学館 |
初版刊行年 | 1955年 | 1988年 | 1995年 |
最新版刊行年(版) | 2018年(第7版) | 2019年(第4版) | 2012年(第2版) |
項目数(公称) | 25万語 | 25万1000語 | 25万語 |
定価(税抜) | 9000円(普通版) 1万4000円(机上版) |
9000円 | 1万5000円 |
デジタル版の名称、概要および2019年9月現在の語数 | 書籍版と同一 | 「大辞林4.0」 随時データ更新(26万9000語) |
「デジタル大辞泉」 随時データ更新(30万語) |
語義の順序 | 語源に近い意味から列挙 | 現代の意味から列挙 | 現代の意味から列挙 |
それぞれの基本的な仕様は上の表の通りです。以下、それぞれ詳しく説明してまいります。
広辞苑
岩波書店から1955年に初版が刊行されました。1935年に博文館から刊行された『辞苑』が前身となっており、長い歴史を備えています。良くも悪くも国語辞書の代名詞的存在で、「『広辞苑』によれば」は常套句と化しています。
当初、見出し語は「おおきい」を「おうきい」と書くような表音式仮名遣いでしたが、第4版から全面的に現代仮名遣いを採用しており、今では引き方は『大辞林』『大辞泉』と変わりません。
かつて見出しが現代仮名遣いではなかったことにも現れているように、常用漢字や送り仮名の付け方、「同訓異字」漢字の使い分けなどといった国の国語施策には与しない立場をとっており、一般的な国語辞書の表記欄に備わっている「常用漢字表にある字かどうか」という情報が本文には一切ないので注意を要します(常用漢字表などは別冊付録に収録)。
また、複数の意味がある語については、語源に近い意味から順に解説しているのが特徴です。たとえば、「かわいい」を引くと、①は「いたわしい。ふびんだ。かわいそうだ」という古語での意味になっており、「愛すべきである」が②、「小さくて美しい」が③という順序になっています。
かつては中型辞書ではこちらの方が主流だったのですが、『角川国語中辞典』以来、『大辞林』『大辞泉』が現代の意味から解説するようになり、『広辞苑』方式のほうが特殊になってしまいました。
第7版は普通版(本文+付録)と机上版(本文2分冊+付録)の2種類が刊行されており、また現在「刊行1年キャンペーン」として普通版の黒色のカバーの上に特別カバー(日本の伝統色7色および熨斗)を重ねた仕様も期間限定で販売されています。
専用の端末機やスマートフォンなどで使える電子版もリリースされています。内容は原則として書籍版と同一です。
アプリ
iOS:LogoVista製「LogoVista電子辞典閲覧用統合ブラウザ」(アプリ内課金)
Android:LogoVista製「LogoVista電子辞典閲覧用統合ブラウザ 」(アプリ内課金)/富士通パーソナルズ製「広辞苑第七版」
大辞林
かつて、中型辞書といえば三省堂の『広辞林』でした。ところが、『広辞苑』が出ると、『広辞林』は中型辞書トップの座を奪われてしまいます。これに対抗すべく誕生したのが『大辞林』です。初版は1988年で、2019年に第4版が出たばかりです。
『広辞苑』をライバル視して編まれたことがうかがわれ、現代語を優先した解説、季語の季節の表示、語のアクセントの表示など、『広辞苑』にない特徴をさまざまに備えました(季語の季節は後に『広辞苑』も記載)。特に、アクセントが示されているのは、中型辞書では唯一となっています。
若者ことばをはじめとする新語の採録にも積極的で、現代語を重視した編集方針であることを強く打ち出しています。一方で、近代作家の用例が豊富なことや、明治に生まれた近代漢語の語誌に詳しいのも特徴です。
紙と電子の併用について早くから取り組んでいる辞書でもあります。通常、辞書の電子版は紙版とは別に購入するものですが、『大辞林』は第3版で、書籍版の購入者が電子版も無料で利用できるサービス「Dual大辞林」を実施。今回の第4版の書籍版にも、アプリで電子版を利用できるシリアルコードが付属しています。
『大辞林』第4版の電子版(「大辞林4.0」と称する)には、書籍版にない項目が1万8000項目も含まれており、さらに今後も随時更新されていく予定であるということです。山本康一編集長が「電子版を含めた全体を『大辞林のフルセット』と捉えて改訂した*1」と述べている通り、電子版は決しておまけではなく、電子版を引かずに『大辞林』を語ることはできません。
アプリ
iOS:三省堂製「ことまなS」(書籍版特典)/物書堂製「辞書 by 物書堂」(アプリ内課金)
大辞泉
中型辞書3種のうちでは最後発で、1995年に初版が刊行されました。第2版は2012年の刊行で少し時間が経っていますが、後述する電子版での更新に力を入れており、『大辞林』同様、電子版が本体と言えるような状況になっています。
『大辞泉』第2版は、本文が2分冊で、横組みであることがまず目を引きます。これは収録語の約16%がアルファベット表記であることに対応したものだそうです。現代語が豊富に収められていることがうかがわれます。
また、『広辞苑』『大辞林』には豊富にある動植物や古道具などの図版の類が一切ありません。初版および増補・新装版では、フルカラーの図版が大きな特徴だったのですが、第2版で大きく方針を転換した形です。もっとも、同梱のDVD-ROM版には図版が収められており、こちらを参照せよというたてつけになっているようです。DVD-ROM版の内容は、2015年までは無償で更新される仕様でした。
現在「最新版」といえる『大辞泉』は、年3回の更新が行われている「デジタル大辞泉」です。PC・スマートフォン用のアプリのほか、コトバンクやジャパンナレッジなどウェブ上でも利用できます。新たに追加された語を見ると、「脱プラ」「特定枠」のような新語のほかに、作品名や施設名、人名といった固有名詞を大量に立項していることがわかります。日本人の人名の場合、『広辞苑』『大辞林』は物故者しか載せない方針ですが、『大辞泉』は存命の人物でも立項しており、百科事典的な色彩が濃厚です。
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項目比較五番勝負
以下、独断による5つのチェックポイントにより、『広辞苑』『大辞林』『大辞泉』の具体的な項目を比較・検討していきます。個人的な関心にもとづく比較のため、必ずしも公平なものではありませんので、ご承知おきください。
※以下、『大辞林』『大辞泉』には特に注記のない限り電子版(2019年9月現在)を用いました。
同区間見出し語対照
適当に選んだ「骨折」から「子燕」の区間にある項目を比較し、それぞれの見出し語の特徴を見てみます(句項目は除く。表記は適当なもので代表)。
表記 | 読み・原綴り | 広辞苑 | 大辞林 | 大辞泉 |
---|---|---|---|---|
骨折 | こっせつ | ○ | ○ | ○ |
骨節 | こっせつ | ○ | ○ | ○ |
コッセル | Albrecht Kossel | ○ | ○ | |
兀然 | こつぜん | ○ | ○ | ○ |
忽然 | こつぜん | ○ | ○ | ○ |
ゴッセン | Hermann Heinrich Gossen | ○ | ||
骨疽 | こっそ | ○ | ○ | ○ |
骨相 | こっそう | ○ | ○ | ○ |
骨相学 | こっそうがく | ○ | ○ | ○ |
骨蔵器 | こつぞうき | ○ | ||
骨鏃 | こつぞく | ○ | ||
骨組織 | こつそしき | ○ | ○ | ○ |
骨粗鬆症 | こつそしょうしょう | ○ | ○ | ○ |
忽卒 | こっそつ | ○ | ○ | |
こっそり | こっそり | ○ | ○ | ○ |
ごっそり | ごっそり | ○ | ○ | ○ |
ごった | ごった | ○ | ○ | ○ |
コッター | cotter | ○ | ○ | ○ |
コッターピン | cotter pin | ○ | ○ | |
木伝う | こづたう | ○ | ○ | ○ |
ごった返す | ごったがえす | ○ | ○ | ○ |
骨多孔症 | こつたこうしょう | ○ | ||
ごった煮 | ごったに | ○ | ○ | ○ |
ごった箱 | ごったばこ | ○ | ○ | |
ごった混ぜ | ごったまぜ | ○ | ○ | ○ |
ゴッタルドベーストンネル | Gotthard base tunnel | ○ | ||
骨炭 | こったん | ○ | ○ | ○ |
ごったん | ごったん | ○ | ||
兀庵 | ごったん | ○ | ○ | |
骨端炎 | こったんえん | ○ | ○ | |
骨端症 | こったんしょう | ○ | ||
兀庵普寧 | ごったんふねい | ○ | ||
此方 | こっち | ○ | ○ | ○ |
忽地 | こっち | ○ | ○ | |
小土・小槌 | こつち | ○ | ○ | |
小槌 | こづち | ○ | ○ | ○ |
此方人 | こっちと | ○ | ||
此方人等 | こっちとら | ○ | ○ | ○ |
此方の物 | こっちのもの | ○ | ○ | ○ |
後土御門天皇 | ごつちみかどてんのう | ○ | ○ | ○ |
こっちゃ | こっちゃ | ○ | ○ | ○ |
ごっちゃ | ごっちゃ | ○ | ○ | ○ |
ごっちゃ混ぜ | ごっちゃまぜ | ○ | ○ | ○ |
骨張・骨頂 | こっちょう | ○ | ○ | ○ |
コッチョリ | コッチョリ | ○ | ||
こっちり | こっちり | ○ | ○ | ○ |
小筒 | こづつ | ○ | ○ | ○ |
ごっつぁん | ごっつぁん | ○ | ○ | ○ |
ゴッツィ | Carlo Gozzi | ○ | ||
ごっつい | ごっつい | ○ | ○ | ○ |
コッツウォールド丘陵 | コッツウォールドきゅうりょう | ○ | ||
コッツウォルズ | Cotswolds | ○ | ○ | |
ゴッツォリ | Benozzo Gozzoli | ○ | ||
濃躑躅 | こつつじ | ○ | ○ | |
コッツビュー | Kotzebue | ○ | ||
骨壺 | こつつぼ | ○ | ○ | ○ |
小鼓 | こつづみ | ○ | ○ | ○ |
小包 | こづつみ | ○ | ○ | ○ |
小鼓方 | こつづみかた | ○ | ○ | |
小包爆弾 | こづつみばくだん | ○ | ||
小包郵便物 | こづつみゆうびんぶつ | ○ | ○ | ○ |
ごっつん盗 | ごっつんとう | ○ | ||
コッテ | Kotte | ○ | ||
こって | こって | ○ | ○ | ○ |
毎 | ごって | ○ | ○ | |
特牛 | こってい | ○ | ○ | ○ |
特牛 | こっていうし | ○ | ○ | ○ |
ゴッテイ鉄橋 | ゴッテイてっきょう | ○ | ||
特牛 | こってうし | ○ | ○ | |
コッテージ | cottage | ○ | ○ | ○ |
コッテージチーズ | cottage cheese | ○ | ○ | |
ゴッデス | goddess | ○ | ||
ゴッデム | goddamn | ○ | ||
こってり | こってり | ○ | ○ | ○ |
ごってり | ごってり | ○ | ○ | ○ |
こってり作り | こってりづくり | ○ | ○ | |
骨転移 | こつてんい | ○ | ||
骨伝導 | こつでんどう | ○ | ○ | ○ |
コット | Jan Kott | ○ | ||
ゴッド | God | ○ | ○ | ○ |
特牛 | こっとい | ○ | ○ | ○ |
特牛肥やし | こっといごやし | ○ | ○ | ○ |
特牛草履 | こっといぞうり | ○ | ○ | ○ |
兀頭 | こっとう | ○ | ||
骨董 | こっとう | ○ | ○ | ○ |
骨頭 | こっとう | ○ | ○ | |
骨堂 | こつどう | ○ | ○ | ○ |
骨董集 | こっとうしゅう | ○ | ○ | ○ |
骨董飯 | こっとうはん | ○ | ||
骨董品 | こっとうひん | ○ | ○ | ○ |
骨董屋 | こっとうや | ○ | ||
ゴットシェット | Johann Christoph Gottsched | ○ | ○ | ○ |
ゴッドセーブザクイーン | God Save the Queen | ○ | ○ | |
蓇葖 | こっとつ | ○ | ○ | |
榾柮 | こっとつ | ○ | ||
ゴッドハンド | God's hands | ○ | ||
ゴッドファーザー | godfather | ○ | ○ | ○ |
ゴットフリートフォンシュトラスブルク | Gottfried von Straßburg | ○ | ○ | ○ |
骨度分寸法 | こつどぶんすんほう | ○ | ||
ゴッドマザー | godmother | ○ | ||
コッド岬 | コッドみさき | ○ | ○ | ○ |
コッド岬国定海浜公園 | コッドみさきこくていかいひんこうえん | ○ | ||
ごっとり | ごっとり | ○ | ||
コットン | cotton | ○ | ○ | ○ |
コットンオイル | cotton oil | ○ | ||
コットンサテン | cotton satin | ○ | ||
コットン紙 | コットンし | ○ | ○ | |
コットンパール | cotton pearl | ○ | ||
コットンパンツ | cotton pants | ○ | ||
コットンファブリック | cotton fabric | ○ | ||
コットンペーパー | cotton paper | ○ | ○ | ○ |
コットンベルト | cotton belt | ○ | ||
コットンボウル | Cotton Bowl | ○ | ○ | |
コットン油 | コットンゆ | ○ | ○ | |
小繋事件 | こつなぎじけん | ○ | ||
骨無し | こつなし | ○ | ○ | ○ |
骨軟化症 | こつなんかしょう | ○ | ○ | ○ |
骨肉 | こつにく | ○ | ○ | ○ |
骨肉の争い | こつにくのあらそい | ○ | ||
骨肉腫 | こつにくしゅ | ○ | ○ | ○ |
忽然 | こつねん | ○ | ○ | ○ |
骨年齢 | こつねんれい | ○ | ○ | ○ |
小角 | こづの | ○ | ○ | |
木っ端 | こっぱ | ○ | ○ | ○ |
コッハー | Emil Theodor Kocher | ○ | ||
コッパー | copper | ○ | ||
コッパープレート | copperplate | ○ | ||
骨灰 | こつばい | ○ | ○ | ○ |
骨灰・粉灰 | こっぱい | ○ | ○ | ○ |
骨牌 | こっぱい | ○ | ○ | ○ |
骨牌税 | こっぱいぜい | ○ | ○ | ○ |
骨箱 | こつばこ | ○ | ○ | ○ |
木っ端喧嘩 | こっぱげんか | ○ | ||
小っ恥ずかしい | こっぱずかしい | ○ | ○ | ○ |
木端大名 | こっぱだいみょう | ○ | ||
木っ葉天狗 | こっぱでんぐ | ○ | ||
木っ端の火 | こっぱのひ | ○ | ○ | ○ |
木端拾い | こっぱひろい | ○ | ||
木っ端微塵 | こっぱみじん | ○ | ○ | ○ |
木端武者 | こっぱむしゃ | ○ | ||
子燕 | こつばめ | ○ |
この区間の項目数は『大辞林』が109語でトップ、『広辞苑』『大辞泉』がそれぞれ99語、97語と拮抗していますが、全体では141語あり、『大辞林』が他の2冊にある項目を網羅しているというわけでもありません。
1冊の辞書のみが立項している語を見てみましょう。
『広辞苑』独自の項目は「兀頭」「榾柮」など9語。人名の「ゴッツィ」を除けば外来語や固有名詞はなく、なじみの薄い難解な語が中心です。
『大辞林』独自の項目は21語で、半数を外来語が占めています。「骨鏃」「ゴッドマザー」など、他の辞書にないのが意外な項目も含まれています。固有名詞では、「ゴッセン」「ゴッツォリ」「コット」の人名と、「小繋事件」という事件名が『大辞林』のみにある項目です。
『大辞泉』独自の項目は15語。「兀庵普寧」は他の2辞書では「兀庵」の形で立項されているので、実質的には14語ということになります。半数の7語が「ゴッタルドベーストンネル」「コッド岬国定海浜公園」などの固有名詞で、他に「骨端症」「骨度分寸法」といった医学用語も含まれています。
こんどは逆に、他の2冊が立項しているのに、その辞書のみ立項していない項目を見てみます。
『広辞苑』だけにないのは「コッセル」「小鼓方」「コッテージチーズ」「骨頭」「コットン紙」「コットンボウル」の6語のみと健闘しています(なお「コッテージチーズ」は「カッテージチーズ」として収録されています。2019/9/27追記)。
『大辞林』だけにないのは「ごった箱」「コッツウォルズ」「蓇葖」「コットン油」「小角」の5語で、こちらも健闘。
『大辞泉』だけにないのは11語(「兀庵」を除けば10語)です。うち外来語は2語にとどまる一方、「忽卒」「忽地」「小土」「濃躑躅」など難解な和語・漢語が欠けています。
以上の比較から、それぞれの辞書の見出し語の特徴をざっくりと以下のようにまとめることができるでしょう。
広辞苑 | 大辞林 | 大辞泉 | |
---|---|---|---|
難解な和語・漢語 | ◎ | ○ | △ |
外来語 | △ | ◎ | ◎ |
固有名詞など | △ | ○ | ◎ |
あくまでごく一部の区間を比較した結果であることにはご留意いただきたいのですが、それでもかなり実態に近いものになっているように思います。
誤用とされる表現
一般に「誤用」であるとされることがある表現について、どのように扱っているかを比較しました。
広辞苑 | 大辞林 | 大辞泉 | |
---|---|---|---|
明るみになる | ― | ― | 「『明るみになる』と言うのは誤り」 |
一姫二太郎 | 「子は女児一人男児二人の三人持つのが望ましいと解するのは誤り」 | 「『子供は女の子ひとり、男の子ふたりが良い』ととるのは誤り」 | ― |
押しも押されぬ | ― | 「『押しも押されぬ』は誤まった言い方」 | 「国語に関する世論調査」の引用 |
汚名挽回 | ― | ― | 「『汚名挽回』を誤用とする説、正しいとする説がある」 |
こまぬく | ― | 「『準備して待ち構える』の意で用いられることがある」 | ― |
順風満帆 | ― | 「『じゅんぷうまんぽ』と読むのは誤り」 | 「この語の場合、『帆』を『ほ』とは読まない」 |
世間ずれ | ― | 「近年、『世間の常識から外れている』の意で用いられることがある」 | 「国語に関する世論調査」の引用 |
取り付く暇がない | ― | 「『取り付く暇がない』は誤った言い方」 | 「国語に関する世論調査」の引用 |
煮詰まる | 「③転じて、議論や考えなどがこれ以上発展せず、行きづまる」 | 「③時間が経過するばかりで、もうこれ以上新たな展開が望めない状態になる」 | 「近頃では、『煮詰まってしまっていい考えが浮かばない』のように『行き詰まる』の意味で使われることが多くなっている」 |
一つ返事 | ― | ― | 「国語に関する世論調査」の引用 |
的を得る | ― | 「『的を得る』は『当を得る』と混同した誤り」 | 「国語に関する世論調査」の引用 |
役不足 | 「誤って、力不足の意に用いることがある」 | 「自分の力量をへりくだる意味で用いるのは誤り」 | 「国語に関する世論調査」の引用 |
おおむね、『広辞苑』は一切言及することがない場合も多く、対して『大辞林』『大辞泉』はよく言及している傾向にあります。ただし、『大辞泉』は単に文化庁の「国語に関する世論調査」の調査結果を引用しているだけで、『大辞泉』の見解が示されているわけではないことが多いのは気になるところです。
念のため申し添えておきますが、上記に挙げたのはあくまで「『誤用』とされることがある表現」であって、私が誤用であると考えている表現というわけではありません。実際に、他の小型辞書ではことさらに誤用扱いされていない表現もあります。ある表現が誤用かどうか気になったときは、複数の辞書を比較検討する必要があります。
複合動詞
『大辞林』第4版は、「選び抜く」「溶け出す」などの複合動詞を増補したとうたっています。はたして本当に充実しているのか、また『広辞苑』や『大辞泉』よりも充実しているのかを検証してみます。
なお、調査対象とした語は、個人的な用例採集カードから、辞書にあってもおかしくないものを適当に抜き出して選んでいます。3冊すべてが立項するものおよび3冊すべてが立項しないものは省きました。
広辞苑 | 大辞林 | 大辞泉 | |
---|---|---|---|
愛し合う | ○ | ○ | |
あふれ返る | ○ | ○ | |
編み上げる | ○ | ○ | |
洗い落とす | ○ | ||
奪い返す | ○ | ||
奪い去る | ○ | ||
押し開ける | ○ | ○ | |
買い集める | ○ | ||
枯れ落ちる | ○ | ||
聞き通す | ○ | ○ | |
こすり落とす | ○ | ||
滴り落ちる | ○ | ||
滑り落ちる | ○ | ○ | |
棲み分ける | ○ | ||
倒れ込む | ○ | ○ | |
突き固める | ○ | ○ | |
流れ落ちる | ○ | ||
殴り殺す | ○ | ||
殴り倒す | ○ | ||
投げ勝つ | ○ | ||
覗き見る | ○ | ○ | |
飲み交わす | ○ | ||
履き替える | ○ | ○ | |
走り去る | ○ | ||
舞い落ちる | ○ | ||
まとめ上げる | ○ | ||
回し掛ける | ○ | ||
見切れる | ○ | ○ | |
導き出す | ○ | ||
盛り下げる | ○ |
『大辞林』の宣言は伊達ではなく、ここで調査した語のうちでは23語を立項しており、ダントツです。ただし、「枯れ落ちる」「殴り殺す」「回し掛ける」など、『大辞泉』が立項するものの『大辞林』が立項していない語も複数あり、文句なしの満点とはいきません。
『大辞林』にない「愛し合う」を立項するなど特徴もあるにはありますが、『広辞苑』は複合動詞がかなり手薄なようです。
新語・新用法
続いて、近年定着した新語や、既存のことばの新用法を各辞書がどれだけフォローしているかを比較したいと思います。おおむねこの10年前後のうちに誕生ないし定着したと思われる語・用法を、例によって個人的な用例採集カードから選り抜き、立項の有無を確認しました。
参考までに、『大辞林』『大辞泉』については、デジタル版でのみ立項されているものを●で示しました。
語(意味・補足) | 広辞苑 | 大辞林 | 大辞泉 |
---|---|---|---|
IR(統合型リゾート) | ○ | ● | |
アヒージョ | ○ | ○ | ● |
アプデ(アップデート) | ● | ||
脂ギッシュ | ● | ● | |
アラサー | ○ | ○ | |
暗号資産 | ○ | ● | |
安定(定番) | |||
家飲み | ○ | ○ | |
一択 | |||
インフルエンサー | ○ | ● | |
ASMR | |||
液体ミルク | ● | ||
えぐい(素晴らしい) | |||
エフォートレス | ○ | ● | |
エモい | ○ | ||
追い飯 | |||
億り人 | |||
推し | ○ | ||
オワコン | ○ | ● | |
ガールズバー | ● | ● | |
課金(支払うこと) | ○ | ● | |
ガラケー | ○ | ○ | ○ |
完飲 | ● | ||
完コピ | ● | ● | |
完母(完全母乳) | |||
ギガ(通信容量) | ○ | ||
きしょい | ● | ● | |
キャパ(キャパシティ) | ○ | ○ | ● |
拒否る | ● | ||
キラキラネーム | ○ | ● | |
草(笑い) | ○ | ||
クラウドファンディング | ○ | ○ | ● |
健康寿命 | ○ | ○ | ○ |
高プロ | ● | ||
コーディガン | ○ | ||
誤爆(誤った投稿) | ● | ||
コミュ力 | ○ | ● | |
最旬 | ○ | ||
刺さる(感銘を与える) | ○ | ● | |
シェアリングエコノミー | ○ | ● | |
JK(女子高生) | ○ | ● | |
自炊(電子化) | ○ | ○ | |
自撮り | ○ | ○ | ○ |
じわる | ● | ||
スーパーフード | ○ | ● | |
スクショ | ○ | ● | |
ステマ | ○ | ● | |
スマートスピーカー | ○ | ● | |
スワイプ | ○ | ○ | ● |
聖地巡礼(作品の舞台を巡る) | ○ | ● | |
攻める(積極的にやる) | ○ | ● | |
それな | ○ | ||
ダークウェブ | ● | ||
宅配ボックス | ○ | ○ | |
誰得 | ● | ||
断捨離 | ● | ||
着圧 | ○ | ○ | |
ディープラーニング | ○ | ○ | ● |
ディスる | ○ | ● | |
デフォルト(いつも通り) | ○ | ||
転売ヤー | ● | ||
毒親 | ● | ||
ドヤ顔 | ○ | ● | |
なつい(懐かしい) | ● | ||
妊活 | ● | ● | |
沼(はまる趣味) | ○ | ||
バインミー | ○ | ● | |
爆音(大きい音) | ○ | ● | |
はずい(はずかしい) | ● | ● | |
バズる | ○ | ● | |
ハッシュタグ | ○ | ○ | |
パリピ | ○ | ||
ビッグデータ | ○ | ○ | ● |
5G | ○ | ● | |
VR | ○ | ○ | ○ |
フィンテック | ○ | ● | |
フレイル | ○ | ● | |
ブレグジット | ○ | ● | |
ヘイトスピーチ | ○ | ○ | ● |
ポチる | ○ | ○ | |
ほぼほぼ | ○ | ● | |
まつエク | ● | ● | |
もふもふ | ○ | ● | |
ユーチューバー | ○ | ● | |
ゆるふわ | ● | ● | |
ラスボス | ○ | ● | |
ワンオペ | ○ | ● | |
ワンチャン | ○ |
調査対象とした語のうちでは、『大辞林』が76語を立項しトップ。「推し」「完飲」「拒否る」「誰得」など、独自の項目はほぼ全て俗語で、日常語を重視していることが見て取れます。次ぐ『大辞泉』は62語で、独自の項目には「液体ミルク」「高プロ」など時事用語が含まれます。ここにも百科事典的性格が強く出ているように思います。
新語の収録語数でいえば『大辞林』と『大辞泉』はほぼ拮抗しているといっていいと思いますが、『広辞苑』はわずか11語にとどまり、新語の立項にはかなり消極的であることが明瞭です。また、『広辞苑』が収めている語は「クラウドファンディング」「健康寿命」「ディープラーニング」などややお固めの語が中心で、すべて『大辞林』『大辞泉』ともに立項しています。
もちろん、新語が少ないから『広辞苑』は駄目だということではありません。その方が利用の目的や好みに合っているという場合も当然あるでしょう。『広辞苑』における新語については下の記事で詳述しましたので、こちらもご参照ください。(2019/9/28追記)
●で示した、デジタル版にのみある項目についても少し見てみましょう。『大辞泉』は書籍版が2012年とやや古いこともあって、かなりの語がデジタル版において増補されたものでした。『大辞林』では、一部の俗語が書籍版に収められていないことがわかりますが、その基準はうかがい知れません。
語釈の比較
最後に、辞書の命ともいえる語釈(ことばの説明)を比較して終わりにしたいと思います。
ここでは漢語を代表して「恋愛」、和語動詞を代表して「炒める」、外来語を代表して「イメージ」、専門・時事用語を代表して「ディープラーニング」に登場していただきます。たったこれだけの比較では何とも言えないであろうというのが正直なところですが、やってみましょう。
恋愛
『広辞苑』
れん-あい【恋愛】
(loveの訳語)(男女が)互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい。佐藤紅緑、雲のひゞき「淫奔といふ事を―と名を付けたり色々な事がはやり升な」。「―小説」
『大辞林』
れん あい[0]【恋愛】
(名)スル
互いに恋い慕うこと。また、その感情。ラブ。〔loveの訳語として、中国ではロプシャイト「英華字典」(一八六六~六九年)に載る。日本では中村正直訳「西国立志編」(一八七一年)にある〕
『大辞泉』
れん-あい【恋愛】
[名](スル)
特定の人に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。また、互いにそのような感情をもつこと。「熱烈に―する」「社内―」
まず『広辞苑』が恋愛を男女間のものに限定していることが気になります。歴史的にはそうだったということもあるのでしょうが、今どきどうなんだとも思われます。用例は面白いですね。『大辞林』は、さすが近代漢語に強いことを謳っているだけあって、「恋愛」という語の来歴をかなり詳しく書いています。
炒める
『広辞苑』
いた・める【炒める・煠める】
〘他下一〙[文]いた・む(下二)
熱した調理器具の上に少量の油をひいて、食材同士をぶつけるように動かしながら加熱・調理する。「ほうれん草を―・める」
『大辞林』
いた・める[3]【炒める・煠める】
(動マ下一)[文]マ下二いた・む
なべに油をひき、加熱した所へ材料を入れ、かきまぜながら火を通す。「野菜を―・める」
『大辞泉』
いた・める【炒める/煠める】
[動マ下一]いた・む[マ下二]
野菜や肉などを、少量の油でいりつけて調理する。「野菜をバターで―・める」
『広辞苑』は、第7版で基礎的な動詞の語釈を全面的に見直しました。「炒める」もそのうちの一つで、旧版では「食品を少量の油を使って加熱・調理する」でした。たしかにこれではハンバーグも炒めることになってしまい問題です。「食材同士をぶつけるように動かしながら」は出色の出来です。『大辞泉』は、食材を動かしながらという要素が欠けている一方、用例で「何々で炒める」というコロケーションを示しており有用です。
イメージ
『広辞苑』
イメージ【image】
①心の中に思い浮かべる像。全体的な印象。心象。「完成した形を―する」「―がわく」「企業―を高める」
②姿。形象。映像。
『大辞林』
イメージ[2][1]〖image〗
(名)スル
①心の中に思い浮かべる姿や情景。形象。イマージュ。「美しい―を描く」「インドは暑い国という―がある」
②心の中に思い描くこと。「―していたものと実際は全く違った」
③〘心〙目の前にない対象を直観的・具体的に思い描いた像。「視覚的―」
『大辞泉』
イメージ〖image〗
[名](スル)
心に思い浮かべる像や情景。ある物事についていだく全体的な感じ。心像。形象。印象。また、心の中に思い描くこと。「―がわく」「―をふくらませる」「企業―を高める」「電話の声から―した人と違う」
語義の区分がいずれも異なっていますが、①(『大辞林』は②も)に関しては言わんとするところは同じようです。『広辞苑』は②の語釈がぶっきらぼうすぎてよくわかりません。『大辞林』は③として心理学用語としての用法にも触れています。『大辞泉』は他よりも多く漢語の類義語を示しています。
ところで、広告などで「写真はイメージです」というときの「イメージ」は、ここにあてはまるのでしょうか。「心の中に思い浮かべる像」とはちょっと違うような気がします。この用法は、小型の『三省堂国語辞典』や『明鏡国語辞典』ならばしっかりフォローしています。中型だからといって、小型辞書の記述をすべてカバーできているということではないのです。(2019/9/28追記)
ディープラーニング
『広辞苑』
ディープ-ラーニング【deep learning】
〔情〕多層構造をもつニューラル-ネットワークを使った機械学習。大量のデータのもつ特徴を自動的に学習・抽出し、データの相互関係や法則性を導き出す。深層学習。
『大辞林』
ディープ-ラーニング[4]〖deep learning〗
機械学習の一。ニューラル-ネットワークを利用し、多層処理を重ねることで画像・音声・動画の認識や翻訳、予測などの複雑な判断ができるよう人工知能に学習させる技術。深層学習。
『大辞泉』
ディープ-ラーニング〖deep learning〗
コンピューターによる機械学習で、人間の脳神経回路を模したニューラルネットワークを多層的にすることで、コンピューター自らがデータに含まれる潜在的な特徴をとらえ、より正確で効率的な判断を実現させる技術や手法。音声認識と自然言語処理を組み合わせた音声アシスタントや画像認識など、パターン認識の分野で実用化されている。深層学習。
〔補説〕コンピューターがネコの画像をネコであると認識する場合、画像からなんらかの特徴を抽出し、あらかじめ記憶させたネコの基準となる特徴と照らし合わせる必要がある。ディープラーニングの登場以前には、研究者や技術者がネコの基準となる特徴をあらかじめ数量化した特徴量を設定したが、ディープラーニングにおいては、ネコの属性をもつさまざまなものを大量に機械学習させることで、人が直接関与することなく、ネコの特徴をコンピューターが自動的に学んでいく。
私の専門ではないので記述の正確性や過不足を判断することはできないのですが、『大辞泉』の説明は非常に詳しく、補説もあってわかりやすく感じます。これも百科事典的な特徴のあらわれと言えるかもしれません。地味ですが、「実用化されている」という情報も重要でしょう。『広辞苑』『大辞林』の説明は簡潔ですが、わかったようなわからないような感じも受けます。
ごくごく一部の項目の比較をしただけですが、それでもそれぞれの記述の特徴が出ています。ぜひご自身で他の項目も引き比べてみて、目的にかなった辞書を選ぶ手がかりの一つとしていただければと思います。
一冊では足りない
ここまで読んでいただいた方にはご理解いただけたことと思いますが、「いちばん詳しい一冊を選ぼう」「何でも載っている一冊を選ぼう」というのは不可能です。辞書はいずれも性格が異なっており、得意不得意、方針の違いがあるのです。自身の目的に合ったものを選ぶことが重要で、さらに複数の辞書を引き比べてみれば、より知見が広がることでしょう。
当記事が中型辞書選びの一助となれば幸いです。よりよい辞書ライフを!
なお、小型国語辞書選びについては、こちらを参考にしてください。
特殊な辞書についてはこちら。
(全体にわたる更新履歴)
2019/9/30 アプリ版への案内を追加
2019/10/04 記事タイトル変更