四次元ことばブログ

辞書と言葉に関するあれこれを、思いつくままに書き記しておくことにしました。

混迷を極める電子版『大辞林』のサービスを比較する

 

⚠ 2016年8月現在の内容です。2019年9月に『大辞林』第4版が刊行され、状況が大きく変わっています。

 

日本語の辞書のうち、電子辞書で存在感を発揮しているのは、『大辞泉』と『大辞林』の2種だと言ってよいでしょう。ここでいう「電子辞書」とは、専門の端末に搭載されたもののみならず、Webで利用できるサービスや、スマートフォンのアプリなど、「デジタルの辞書」全般を含む概念であります。

 

電子辞書はよいですよ。紙の辞書よりはるかに便利な点が多くあります。なお、しばしば「紙の辞書と電子辞書はライバル」のように認識されますが、今のところ、紙も電子も中身を作っている人は同じなので、基本的には潰し合う関係にはありません。ここだけは誤解のなきよう。

 

さて、電子辞書は便利とはいいますが、もうひとつ何とかならないものかと思う点が多々あるのも事実です。電子辞書ならできるはずのことが、まだまだ現実になっていないのです。悲しいですが認めざるを得ません。

 

我々ユーザーは、改善を求める声を上げつつ、現在提供されているサービスを上手いこと使うしかありません。今回は、サービスが乱立し、何がどうなっているのか理解しがたい『大辞林』についてまとめてみます。

 

まどろっこしい説明は抜きにして手っ取り早く結論を知りたい人は、最下段までスクロールしましょう。まとめた表が貼られています。

 

デジタル版『大辞林』のあゆみ

日本の電子辞書の歴史は、1987年の『広辞苑』第3版(1983年)のCD-ROM版リリースに始まります。

 

打倒『広辞苑』を標榜した三省堂の『大辞林』は、かなり後れを取って、1999年にCD-ROM版の「スーパー大辞林」を発売します。これは、1995年に発売された書籍版第2版のデジタルデータと、『デイリーコンサイス英和辞典』第5版、『デイリーコンサイス和英辞典』第4版、『三省堂ワープロ漢字辞典』のデータを同梱したものでした。

 

2001年1月には、Webブラウザで『大辞林』を含む16辞書を引ける有料サービス「三省堂Web Dictionary」が始まります。このサービスは現在まで続き、今では24種類もの辞書を横断検索できるまでになっています。

 

2004年には、「Yahoo!辞書」で『大辞林』が引けるようになりました。

 

混乱が始まったのは2006年の第3版の発売からでしょうか。書籍の購入者に、特典としてWebブラウザで『大辞林』を引ける「Dual大辞林」のサービスが提供されたのです。

 

2008年には、iOSアプリが物書堂からリリースされます。iOSアプリでは他にBIGLOBEが2014年から大辞林を提供しています。Androidアプリだと、BIGLOBEイース富士通パーソナルズの3社がアプリを販売しています。また、富士通パーソナルズはWindowsストアでもアプリを販売しており、Windows 8.1以上であれば利用が可能です。

 

2012年には、無料で使えるオンライン百科辞書サービス「コトバンク」にデータの提供が開始されました(2013年から「Yahoo!辞書」と統合しています)。他、無料のものでは「エキサイト翻訳」サービス内の辞書でも『大辞林』が引けます。なお、「goo辞書」では2000年ごろから『大辞林』を引くことができましたが、2010年から『大辞泉』に変わりました。また、携帯電話・スマートフォン向けの月額制のサービスに「三省堂辞書」があり、『大辞林』を含む17種のコンテンツを利用できます。

 

自分でも書いていて何が何だかわからなくなってきました。まあ要するに、そこらじゅうで『大辞林』が引けるということです。これでどのサービスも中身が一緒ならまだ救いはあるのですが、使える機能がてんで違うのが厄介です。

 

さしあたり本稿では、使いでのある4つに絞って、それぞれの『大辞林』に何ができて何ができないのか、メリットとデメリットに注目しながら比較してみることにします。

 

大辞林iOSアプリ・物書堂)

 【2019年3月5日追記】物書堂製の辞書アプリを統合した「辞書 by 物書堂」がリリースされました。本アプリから、App内課金により「大辞林」が購入できる仕様になっています。

辞書 by 物書堂

辞書 by 物書堂

  • 物書堂
  • 辞書/辞典/その他
  • 無料

 

大辞林

大辞林

  • 物書堂
  • 辞書/辞典/その他
  • ¥2,600

2008年のリリースで、国語辞書のスマホアプリでは老舗です。

 

搭載されているのは、書籍版の大辞林に新語が増補された「スーパー大辞林3.0」です。

 

電子版の『大辞林』について語るなら、まず「スーパー大辞林3.0」について説明しておかねばなりませんでしたね。『大辞林』はあるとき*1、それまでの電子版の呼称だった「スーパー大辞林」を改め、新語を増補した「スーパー大辞林3.0」をリリースしたのです。以来、今日に至るまでデータのアップデートが行われています*2。現在、電子版の『大辞林』はほとんどがこの「スーパー大辞林3.0」(以下、「ス林」)であり、書籍版とは中身が異なっていますので、特に引用の際などには注意しましょう。

 

話が逸れてしまいました。物書堂版アプリの特徴には、まずその洗練されたユーザーインターフェースを挙げられるでしょう。見た目は美しく、直感的な操作がしやすいのです。二の次にされがちですが、ストレスの軽減は辞書を引く上でかなり重要です。手書き入力もできます。

 

オフラインで利用できるのも、当たり前すぎて見落とされがちですが、とても有用です。ページ間の推移の速さはダントツですし、山奥だろうが宇宙だろうが使えます。何度も参照したい項目にはブックマークを付けておけますし、物書堂製の他の辞書アプリをインストールしていれば、ある項目をそれらのアプリで素早く横断的に検索することも可能です。

 

物足りないのは、全文検索の機能が欠けていることです。全文検索にはあまりに多くの利点があり、その重要性についてここでだらだらと書くことはしませんが、電子辞書なのに全文検索ができないなら、ただ辞書の入れ物が紙からiPhoneに変わっただけということに等しいのです。あるいは契約上の何らかの理由で三省堂側から全文検索の実装を止められているのでしょうか。いずれにせよ、導入を切望します。

 

また、辞書データの更新によりどんな語が追加され、また削除され、どのように語釈が書き換えられたのか、全くわからないのも問題です。何のアナウンスもないまま項目が減ったり書き換えられたりする辞書など、危なっかしくて資料として使いものになりません。

 

以前、「ス林」から「江戸しぐさ」に関する項目がひっそりと削除されていたことが指摘されたことがありましたが、削除以前に「ス林」から「江戸しぐさ」の項を引用したりしていた人は、何を証拠にして古いバージョンにこの項目があったことを主張すればよいのでしょうか。新規の項目についても、紙の辞書であれば、古い版と新しい版を対照することで、その語がいつごろから定着したのか当たりをつけることができます。しかし、丸ごとデータが上書きされてしまう電子版では、バージョンごとの対照は不可能です。

 

これはアプリだけの問題ではありませんし、また『大辞泉』など他の電子辞書に共通する大問題であります。バージョンごとの書き換えの履歴を確認できる電子辞書が理想形ですが、実現は簡単ではありませんね。

 

それはそれとして、普段使いの『大辞林』としては文句なしの出来でしょう。2600円では安すぎるくらいです。これから『大辞林』の電子版をどれか一つだけ使いたいというなら、このアプリを選べば間違いないでしょう。ヘビーユーザーも、基本的には本アプリを常用し、以下に紹介するオンラインのサービスを補助的に活用することになると思われます。

 

なお、iOSアプリには他にBIGLOBE版がありますが、こちらは私には使いづらく、あまりおすすめできません。「インデックスサーチ」は人に見せるとウケます。

大辞林|ビッグローブ辞書

大辞林|ビッグローブ辞書

  • BIGLOBE Inc.
  • 辞書/辞典/その他
  • ¥2,600

 

Androidユーザーの方は、すみませんが、以下の3つからご自身で使いやすそうなアプリをご判断ください。恥ずかしながら、こちらは使ったことがないもので……。今後の研究課題であります。

大辞林 - Google Play の Android アプリ

スーパー大辞林(三省堂) - Google Play の Android アプリ

大辞林|ビッグローブ辞書:縦書き表示&辞書をめくる感覚の検索 - Google Play の Android アプリ

 

Dual大辞林

Dual 大辞林

※上記リンクは「あ」のデータのみの試用版

 

紙の辞書を購入すると、おまけにWebブラウザでもその辞書が引けちゃうという「デュアル・ディクショナリー」のサービス。その『大辞林』版が、「Dual大辞林」です。紙の『大辞林』第3版(本体7800円)を買えばどなたでも使えます。

 

大辞林 第三版

大辞林 第三版

 

 ▲書籍版『大辞林

 

「Dual大辞林」が用いているデータも「ス林」だと思いますが、不思議なことにその案内がありません。よくわかりません。とにかく、中身は先に紹介したアプリ版と同じはずです。

 

全文検索の機能が無いのはアプリ版と同じですが、この「Dual大辞林」は、なんと新規の立項語について、その項目を採録した日付が記されているのが偉いところです。

 

試しに「アゲアゲ」を引いてみましょう。「項目採録・修正日付」の欄に、「2004年04月」とあります。この語は2004年に『大辞林』の編集者が記録したということなんですね。ある新語がいつごろから定着したか検討するのにこれほど有用な資料はなかなかありません。先述したように、どのバージョンから実際に立項されたかという情報も欲しいところですが、それを補う働きをしてくれています。

 

さらに、見出し語の脇には【書籍未採用】という表示がなされています。書籍版と併用することが想定されたサービスゆえの注記でありましょうが、これも実に有用です。「この語は書籍の第3版にも載っているのだろうか」と気になったとき、わざわざ紙のほうを引き直さなくともよいのです。ただし、この表示の無い語でも、語釈が書籍版と電子版とで違っていることはあるという不徹底ぶりなので、正確なところを知りたいならば、やはり紙を引く必要があります。どういうこっちゃ。

 

また、類語を表示できるのも、他のサービスにない特徴です。なぜ「Dual大辞林」にだけ類語検索機能があるのか不可解ですが、我々一介の利用者が三省堂の内部事情にあらぬ想像を膨らませるのはやめにして、使えるもんは使うとしましょう。

 

UIはなかなか残念なのでサクサク引くのには向いていません。すでに書籍の『大辞林』第3版を持っていて、それ以上の金は断固として払わないという強い意志をお持ちの方は、電子版の大辞林は「Dual大辞林」だけでもよいでしょう。外出先で頻繁に引いて、『大辞林』の魅力に気付いたら、アプリ版を導入しましょうね。

 

三省堂Web Dictionary

www.sanseido.net

2001年のスタートで、オンラインの辞書サービスとしてはかなり古いもののひとつです。何度かリニューアルされていることもあって、UIもわりあい洗練されています。「ス林」を含む全24コンテンツを利用できる有料会員の料金は年3240円(2016年8月現在)で、6ヵ月、1ヵ月ごとの決済もあります*3。使える辞書の数と、ネット環境さえあればどこでも使えるという利便性を考えればかなり安いでしょう。なんだか三省堂の回し者みたいになってきました。三省堂からは何ももらっていません。

 

三省堂Web Dictionary」における『大辞林』の最大にして唯一*4の利点は、全文検索ができることです。大辞林全文検索ができるというだけで月250円の価値があると言う人もいます(たとえば僕など)。

 

他の辞書との串刺し検索も便利です。ただ、収録されている辞書にはなぜか版が古いものがあります。実に不可解ですが、だから安いのかもしれません。古い辞書を提供し続けるのは三省堂的にはいいんでしょうか。よくわかりません。

 

三省堂Web Dictionary」の魅力は全文検索だけなので、『大辞林』を普通に使いたいのだという人は、やはりアプリを買うことをおすすめします。ネット環境さえあればデバイスを問わず全文検索が可能という便利な「ス林」は今のところこれだけなので、全文検索がしたい人はこれを導入するほかありません。ただ、1ヵ月ごとの決済がありますから、一時的に利用するには持って来いです。他の辞書との串刺し検索に強い魅力を感じる方は普段使いの辞書として検討してもよいかもしれませんが、『新明解国語辞典』が10年以上前の版のものでもいいのかよく考えましょう

【8月26日追記】申し訳ありません。『新明解国語辞典』は最新の第7版が利用できます。下記案内ページの情報が古く、勘違いしておりました。お詫びして訂正します。無料開放されている「デイリーコンサイス」シリーズが古い版になっています。

三省堂 Web Dictionary とは?

 

なお、全文検索イーストのWindows用アプリでも可能なようです。あいにく私は対応するOS(Windows8.1およびWindows10)を使用しておらず、挙動を確認することができておりませんが、利用価値は高そうに見えます。

www.microsoft.com

 

コトバンク

kotobank.jp

2009年にサービスを開始した、無料のオンライン百科辞書サービスです。大辞林は2012年から書籍版第3版のデータを提供しています。無償で使える辞書としては最高品質であり、使わない手がありません。

 

注意せねばならないのが、提供されているデータが最新の「ス林」ではなく、あくまで書籍版のものだということです。したがって先に挙げた「アゲアゲ」などは載っていません。

 

デジタル大辞泉』『日本大百科全書』など、信頼の置ける(『デジタル大辞泉』は信頼できないって? それはまた別のときに話しましょう)他のコンテンツとの串刺し検索ができることが最大の魅力でしょう。

 

ただ、面白いのが、いちおう全文検索ができてしまうということです。検索バー横のプルダウンメニューから「全文検索」を選び、その下のツールバーから検索の対象を「国語辞典」にします。すると、『デジタル大辞泉』の結果も含まれてはしまいますが、同時に『大辞林』の全文も検索してくれているのです。

 

辞書ごときに絶対に金は払えねえ、という現代っ子は、迷わずコトバンクを使うとよいでしょう。また、『大辞林』の全文検索がしたいけれど、そのためだけに月250円も出せないよという人も、ある程度はコトバンクの検索で満足できるのではないでしょうか。『大辞林』書籍版の電子化じゃ物足りないな、もっと便利に全文検索を使いたいなと感じるようになったら、お金を出しましょう。

 

まとめ

要点をざっくりとまとめた表をこしらえてみました。本文と合わせてご参照くださいませ。

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*1:正確なリリース時期がわかりませんでした。2007年9月の三省堂Web Dictionaryでの導入が古いと思います

*2:だからと言ってバージョンが3.1になったり4.0になったりはしません。あくまで「スーパー大辞林3.0」です

*3:1ヵ月ごとの決済は楽天ID決済のみ

*4:唯一です