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四次元ことばブログ

辞書と言葉に関するあれこれを、思いつくままに書き記しておくことにしました。

小説版『舟を編む』の時代設定はいつなのか

このたびアニメ化・漫画化が発表された、三浦しをん先生の傑作小説『舟を編む』。タイトルの「舟」は辞書のこと。辞書は言葉の海を渡る舟であるという哲学のもと、出版社員の馬締をはじめとする不器用な人たちが辞書の編纂に奮闘する物語です。辞書を舟に見立てるのは、ありきたりなようで実は言葉に対し真摯な眼差しを向ける絶妙なたとえだと僕などは思うのですが、それは置いておいて、本稿では小説『舟を編む』で描かれているのはいつごろの出来事なのか、推測します。

 

 こちらもたいへんな佳作でありました映画版の『舟を編む』(石井裕也監督、2013年)では、時代設定は明確です。物語は「一九九五年」から始まりおよそ1年が過ぎて、中盤から「十二年後」へ飛び、また1年飛んで「二〇〇九年」以降が描かれていることがテロップからわかります。また、最終盤の祝賀会の場面で、辞書『大渡海』の編集に15年かかったことが明かされます。

 

舟を編む

舟を編む

 

 ▲映画版『舟を編む

 

一方、原作小説では、その時代が明言されることはありません。これは意図的なもので、三浦しをん先生は

本当は辞書の完成時が今現在で、それより15年前からはじめたかったんですけど、登場人物の年齢とか、その時代にどの辞書が刊行済だったかなどということを考えていくと、ちょっと矛盾が出てくるなあと思って、私は時代を曖昧にしちゃったんですよね*1

と語っています。しかし、ありがたいことに、作中には実在の辞書がちらほらと登場し、引用されています。これらをもとに、馬締たちが生きた時代を特定してみるとしましょう。

 

※以下、ページ数は光文社文庫版『舟を編む』(2015年)のもの。

 

舟を編む (光文社文庫)

舟を編む (光文社文庫)

 

▲光文社文庫版『舟を編む』 

 

荒木公平の辞書

 

物語は、定年間近の辞書編集者である荒木公平が辞書との馴れ初めを振り返る場面から始まります。年代特定の最大のヒントは以下の一文。

大学四年生になった年、小学館から『日本国語大辞典』が刊行されはじめた。(p.10)

とあります。これは1972年のこと。荒木が留年や浪人をしていなければ、このとき21歳か22歳。玄武書房の定年が何歳かはわかりませんが、「辞書づくりひとすじ三十七年」(p.11)ということなので、まず60歳とみてよいでしょう。荒木が作中の「現在」で59歳だとすると、21~22歳は37~38年前。ということは、「現在」は2009~2010年ということになります。

 

なるほど、小説版では映画とは異なり、まさしく現在から物語が始まっているわけです。なお、「舟を編む」の連載が『CLASSY.』誌上で始まったのは2009年のことです。

 

荒木は「中学校の入学祝いに、叔父から『岩波国語辞典』をもらった」(p.6)のをきっかけに辞書にハマっています。『岩波国語辞典』(以下、岩国)はその名の通り岩波書店から出版されている小型辞書で、半世紀以上の歴史があります。岩国はおカタい印象を抱かれがちですが、実はかなりアクの強い辞書で、中学の入学祝いとしては、ううん、どうでしょうかね。

 

さて、彼が中1のときに叔父から譲り受けた岩国は、何版でしょうか。中学入学は大学4年の9年前ですから、1963年です。おお、これは素晴らしい。岩波国語辞典の初版の刊行が1963年ですから、ぴったりです。叔父さんは発売したての全く新しい辞書を入学祝いに選んだようですね。

 

作中では、岩国から「声」「特殊」「器官」の語釈が引用されています。「声」の語釈を見てみましょう。

人や動物が、のどにある特殊器官を使って出す音。それに似た音。季節・時期などが近づくけはい。(p.7)

ところが、岩国の初版の「声」の語釈はこうなっています。

人や動物が、のどにある特殊器官を使って出す音。

以上です。あら、困りました。短いですね。荒木が知らなかったという、「秋の声」「四十の声をきく」などの用例もありません。この語釈や用例はいったいどこから湧いてきたのでしょうか。

 

岩国を初版から最新の第7版新版まで引いてみると、『舟を編む』作中で引用されているのは第5版以降の記述であることがわかります。5版の刊行は1994年ですから、『日本国語大辞典』より20年も後です。辻褄が合いませんね。まあ、岩国の語釈については、三浦しをん先生が最近の版しか持っていなかった荒木の記憶違いであるということにしておきましょう。

 

荒木は『広辞苑』と『大辞林』を常に机に備えています(p.16)。どちらも二十数万語を収録する辞典で、ふつう「中型」に分類される辞書です。2010年頃だと、両辞書ともすでに、2016年現在の最新版と同じものが出ています(それぞれ第6版、第3版)。さて、当時は中型の辞書にはもう一つ『大辞泉』が流通していますが、これは机には置かないんでしょうか。この時の『大辞泉』のバージョンは「増補・新装版」。これはほとんど初版から手の加わっていないおざなりな改訂であり、業界内外で物議を醸したりもしたので、荒木は『大辞泉』を他2冊より程度の低い辞書と認識していた可能性がありますね(なお、2012年に出た第2版は規模の点から言えば文句なしの大改訂でした)。


松本先生の辞書

 

国語学者で、『大渡海』の監修者であるある松本先生が最初に手にした辞書は、「祖父の遺品として譲り受けた、大槻文彦の『言海』」(p.12)だそうです。

 

作中でも説明されている通り、『言海』は日本語辞書史上最も重要な辞書であり、現代のあらゆる国語辞書が言海の影響下にあると言って間違いないでしょう。大槻がほぼ独力で編んだこの辞書は、1889(明治22)年から1891年にかけて刊行されました。松本先生の年齢もはっきりしませんが、祖父から譲り受けた辞書として不自然なところはありません(増訂版である『大言海』も1937年に出ていますが、お祖父さんはその前に亡くなったか、買わなかったか、買っても『言海』を処分しなかったのでしょうね。どうでもいいことですが)。

 

馬締光也の辞書

 

新明解国語辞典』(以下、新明国)第5版(1997年)の語釈から、「恋愛」が引用されています(p.52)。編集部の西岡が「独特の語釈でおもしろいって有名」(p.53)と語る新明国の中でも、この語釈はとりわけ有名で(最も有名なのは「合体」がどうのこうのと書いている3・4版のものと思われますが)、類書で何度も何度も取り上げられてきました。やや食傷気味ですが、うぶな馬締ちゃんが林香具矢さんに惚れて真っ先に引いてみたくなる辞書は、やはり新明国だろうなという感じもします。彼はきっと初版から第6版(2005年。第7版が2011年に刊行)まで順繰りに引いたことでしょう。

 

この後、重要なくだりがあります。

馬締は手もとにあった数種類の辞書を調べた。すべての辞書が、『れんあい』を項目として採用していたが、いずれも、男女のあいだでの感情だと説明している(p.53-54)

というのです。

 

2016年の現在では、そんなことはありません。代表的な辞書では、『明鏡国語辞典』(以下、明鏡)第2版と、『三省堂国語辞典』第7版が、恋愛を男女に限定していません。年代の特定に大事なのは前者です。明鏡の第2版は、2010年の12月に発行されているのです。馬締ちゃんの初恋は、2010年12月より前ということが明確になりました。

 

ところで、馬締は「恋」の語釈のほうは引き比べなかったようです。実は、「恋」に関して言えば、当時すでに『現代国語例解辞典』(初版1984年、最新の第4版は2007年)が「異性(時には同性)に特別の愛情を感じて思い慕うこと」と語釈しているんですね(初版から同じ)。この語釈は、荒木が感銘を受けたあの『日本国語大辞典』初版の語釈を引き継いだものでありまして、1972年からあるんです。「外国語の辞書も調べる」(p.54)前に、「恋」を引いてみるべきでした。

 

岸辺みどりの辞書

 

『大渡海』の企画立案、つまり馬締が辞書編集部に配属される少し前から「十三年」(p.207)の時が流れ、岸辺みどりが女性誌の編集部から辞書編集部へ異動してきます。したがって、『舟を編む』の後半は、もう2020年代前半になっているようです。

 

異動2日目、配属されて最初に彼女が手にした辞書は『広辞苑』でした。といっても、言葉の意味を調べるためではなく、紙の「ぬめり感」を確かめるためですが。ここで登場するのは「一番新しい版」(p.216)。なんとも思わせぶりな表現です。2016年の今、一番新しい『広辞苑』は2008年に出た第6版ですが、おおむね9年前後という『広辞苑』の改訂ペースからすれば、2020年には第7版がすでに出版されている可能性が高い。ここにさらっと、まだ誰も見たことがない新しい『広辞苑』が登場しているのです。

 

凄いのはここから。岸辺はそのまま、その『広辞苑』で「めれん」という語を引いてみせます。

大いに酒に酔うこと。酩酊。浄、忠臣蔵「おのれ末社ども、―になさで置くべきか」(p.220)

まだ世にない辞書の語釈の引用! こんなにアクロバティックなことがあるでしょうか。感激です。といっても、これは我々が確認できる最新の第6版の文面と同じです。第2版(1969年)からそのままなので、第7版でも手が加えられていない可能性はおおいにあります。

 

岸辺が辞書編集にやりがいを感じ始め、知識もついてきたころ、彼女は『広辞苑』と『大辞林』の「男」と「女」の語釈について語ります。『広辞苑』については、これまた第6版と変わらない語釈を引用した上で、「性別を男と女に二分して説明するのが、生物学的観点からしても、やや時代遅れなのではないかと」(p.270)と批判を加えます。この主張には私個人としても同感です。果たしてこれらの辞書は2020年代になっても「時代遅れ」のままなのでしょうか。現実が『舟を編む』より先を行くことを期待します。

 

『大渡海』のライバル

 

玄武書房が僅かな予算をやりくりして『大渡海』の編纂を細々と続けていた間、他の辞書出版社がボケっとしていたわけがありません。2010年から今日までの6年間は激動の時代でした。常用漢字表の改訂で幕を閉じた2010年。各社は対応に追われ、新常用漢字対応を謳った辞典が続々と出ました。

 

2011年12月に発売された『新明解国語辞典』第7版は、「絆」の文字で序文が始まります。『三省堂国語辞典』は2011年5月から第7版に向けた改訂作業が行われましたが、この版に原発関連の語が多く立項されたことが報じられました*2

 

小型辞書では他に『集英社国語辞典』『旺文社国語辞典』『新選国語辞典』など、定評のある辞書が続々と改訂されています。

 

『大渡海』と同規模の辞典では、2012年に『大辞泉』の第2版が小学館から出版されました。玄武書房の辞書編集部は強力なライバルの出現にさぞ焦ったことでしょう。しかし、『大辞泉』は2005年からデジタルでの編集に特化しており、2008年から年3回の更新データのリリースを継続していました。三省堂の『大辞林』も、頻度は少ないものの「スーパー大辞林」としてデジタル版の逐次的な更新を続けています。中型の辞典は、電子版に注力ないし特化することで、変化の激しい社会、日本語(近年が過去に比べて日本語の変化が激しいという意味ではありません)に対応する時代を本格的に迎えていたのです。

 

かたや『大渡海』は、「血潮」一語の欠落で、1ヵ月にも及ぶ泊まり込みを余儀なくされるような編集方法をとっており(p.284-)、編集部の会話にはデジタルのデの字も顔を見せません。「古き良き」辞書編集を徹底した『大渡海』が、この時代に生き残れるのか、見ものです。2020年代には、紙で出版される中型辞書は『広辞苑』と『大渡海』だけで、『広辞苑』は歴史主義的、『大渡海』は現代主義的だと評価され、同じく現代的な『大辞泉』や『大辞林』とパイを奪い合うことなく生き残れるようになっているのかもしれないと想像します。

 

なんだかよくわからない妄想で終わりになってしまいました。

 

アニメ版ではどのような時代がどのように描かれるのかが、目下最大の関心事であります。

 

まとめ

 

小説版『舟を編む』は、2009~2010年ごろから物語がスタートしているようだ。馬締光也が林香具矢に出会ったのは遅くとも2010年12月より前。岸辺みどりが2020年代前半に辞書編集部へ異動になり、『大渡海』の本格的な編纂が始まった。

*1:松竹株式会社事業部出版商品室編集・発行『舟を編む(パンフレット)』2013 p.45

*2:朝日新聞2014年1月9日夕刊