四次元ことばブログ

辞書と言葉に関するあれこれを、思いつくままに書き記しておくことにしました。

「びびる」の嘘語源を正す 「平安時代から」はガセ

 

今回は長文になりますので、最初に概要をまとめてしまいます。

 

・「びびる」の語源として広まっている平安時代からあることばで、戦で鎧が触れ合う音に由来する」という説は誤りであると考えられる。「びびる」の用例が確認できるのは江戸時代から。
・この説は平成に入ってから突然現れたもので、どうやら1988年に出た本の誤読から生まれたようだ。
・「びびる」がオノマトペに由来しているという点はおそらく正しい。

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ネットで「びびる」の語源について調べてみると、以下のような説がもっともらしく記されています。

 

「びびる」は平安時代末期からあることばである。むかし、大軍の鎧が触れ合う「びんびん」という音を「びびる音」といった。源平の合戦における富士川の戦いでは、水鳥の飛び立つ音を聞いた平家軍が、これを源氏軍が攻めてくる「びびる音」だと勘違いし、びびって逃げ出したというエピソードがある。

 

あちこちに同じような記述があるため、信憑性があるように錯覚してしまいますが、この説には学問的な裏付けがまったくありません。要は、嘘語源なのです。

 

どうしてこの説が誤りだと言えるのか、根拠をひとつずつ挙げていきます。

 

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「藪医者」の語源は地名の「養父」ではない

下手な医者のことを「藪医者(やぶいしゃ)」と言います。この「やぶ」が、但馬国(今の兵庫県北部)の地名「養父(やぶ)」に由来するという話(以下「養父説」)があります。

 

結論から言うと、これは誤りです。

 

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『大辞林』デジタル版のヤバい項目一挙紹介

 

⚠ 2018年4月現在の内容です。2019年9月に『大辞林』第4版が刊行され、下記の問題点は大部分が改められました。

 

三省堂が刊行している中型国語辞書の『大辞林』には、デジタル版が存在します。その名も「スーパー大辞林3.0」。これは、単に書籍版の『大辞林』を電子化しただけのものではありません。新語などが大幅に増補されており、書籍版にはない項目がたくさん収録されているのです。

 

大辞林 第三版

大辞林 第三版

 

 ▲書籍版『大辞林』第3版

 

fngsw.hatenablog.com

▲『大辞林』のデジタル版については以前詳しく書きました

 

デジタル版の辞書には、紙辞書と違い、紙幅の制約がありません。紙辞書がひとつのことばを立項するためにヒイヒイ言いながら行を削ったり紙を薄くしたり付録を別冊化したりしているのを尻目に、デジタル辞書は入れたいことばをじゃんじゃん立項することができます。

 

スーパー大辞林3.0」は、従来の紙辞書であればまず立項しないであろうと思われる流行語やネット俗語、単純な複合語などを大量に立項しています。デジタル版に注力している辞書には他に小学館の「デジタル大辞泉」があり、こちらも定期的に項目を追加し続けていますが、「スーパー大辞林3.0」の項目のほうが、何と申しますか、全体的にヤバい感じです。

 

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「今年の新語2017」を予想してみた卍

あす12月3日、辞書出版社の三省堂が主催する「今年の新語2017」のベスト10が発表されます。

 

「今年の新語」は、私なりにかみくだいて説明すると、「今年、辞書編纂者が『普通の国語辞書に載せてもいいかな』と思った言葉」のランキングです(ちゃんとした選考基準は公式サイトをご覧くださいませ)。できたてほやほやの新語や、一時的な流行に終わりそうな語は入選しにくく、今後も長く日本語ワールドに居座るであろう語が選ばれるというのが、この企画の醍醐味です。定着のぐあいもよく観察した上で選考がなされるため、言葉に敏感な人ほど「ちょっと古いかな」と思うような語が入選することもままあるようです。

 

候補の言葉はウェブの応募フォームおよびTwitterで一般から公募されました*1。私もTwitterでアホみたいに投稿を繰り返し、その数は107件となりました。何をそんなにむきになっていたのでしょうか。

 

ここまできたら、ベスト10も予想してみたいというのが、健全な今年の新語ガチ勢というものです。

 

ところで、「今年の新語」では、入選語に「国語辞典風味」の語釈をつけて発表するのがお決まりになっています。私も勝手に書きました。

 

*1:イベント会場での募集もあったそうです

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(おしらせ)「Zing!」様に寄稿しました

ケイ・オプティコム様が運営する、「じぶん以外の視点が手に入る、20・30代におくるカルチャーマガジン」の「Zing!」にコラムを寄稿させていただきました。

 

辞書マニアが語る、意外と知らない辞書の読み方|Zing!

 

辞書の表記形の欄には案外いろいろな情報が詰まっているのだよ、というお話です。どうぞよろしく。

安倍首相の辞書はどれだ! 「そもそも」を「基本的に」と書く辞書を探す旅 【追記】

「でんでん」でおなじみの安倍晋三首相が、4月19日の衆院法務委員会で、「『そもそも』を辞書で調べたら、『基本的に』という意味もある」という旨の答弁をしたそうです(下記事参照)。

 

首相答弁の「そもそも」、意味はそもそも? 国会で論戦:朝日新聞デジタル

 

本稿では、「そもそも」に「基本的に」という意味があるのかとか、「そもそも」がそもそも「初めから」という意味なのかなどいうことは、今回の答弁での文脈的意味も含めて一切考えず、単に「『そもそも』を引いたら『基本的に』という意味が書いてある辞書はどれだ」ということだけ調べます。

 

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「けもの」と「けだもの」はどう違う 横断比較国語辞書

 

けものは居ても のけものは居ない
本当の愛はここにある
――「ようこそジャパリパークへ」(大石昌良作詞) 

 

ふわああぁ!いらっしゃぁい!よぉこそぉ↑四次元ことばブログへ~!どうぞどうぞ!ゆっぐりしてってぇ!いやま゛っ↓てたよぉ!

 

国語辞書の良し悪しをチェックするのに最もてっとり早い方法のひとつに、同じ語の語釈(ことばの説明)を比べてみるやり方があります。

 

本稿では、2017年第1四半期のインターネットを大いに盛り上げた『けものフレンズ』に敬意を表し、「けもの」の語釈を引き比べてみましょう。

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