四次元ことばブログ

辞書と言葉に関するあれこれを、思いつくままに書き記しておくことにしました。

(おしらせ)「マネ会」様に寄稿しました

サイバーエージェント完全子会社のCyber SS様が運営する、「みんなでお金について考える」メディア「マネ会」にコラムを寄稿させていただきました。

 

hikakujoho.com

 

古い新語辞典(古新聞の仲間みたいなものです)からお金にまつわる言葉をピックアップしてみたという記事です。どうぞよろしく。

辞書マニアによるアニメ『舟を編む』第6話感想と解説。『言海』あれこれ

辞書編集部の両輪は崩れかけ、『大渡海』編纂に暗雲が立ち込める――アニメ『舟を編む』はいよいよ第6話、物語は大きなターニングポイントを迎えます。今週も蛇足的解説を施してまいりたいと思います。

 

※以下、アニメ本編の画像はAmazonプライム・ビデオ『舟を編む』第6話「共振」*1をキャプチャしたものです。

 

辞書編集部と馬締の『言海

今回は大槻文彦の『言海』がフィーチャーされた回でした。今更解説するまでもないかもしれませんが、『言海』は最初の近代的国語辞書とされる大著です。文部省主導で編纂が始まったのが1875年。1886年にひとまずの完成を見ますが、文部省からは出版されず、その2年後に原稿が下げ渡されます。大槻は結局『言海』を自費で出版することとなり、最終校正のさなかに妻子を亡くす不幸に見舞われながら、1889年から1891年にかけ4分冊として刊行するに至ります。作業はほぼ独力で行われました。

 

f:id:fngsw:20161123145020j:plain

▲辞書編集部の『言海

 

言海』には様々なバージョンがありまして、大形本(四六倍判)、小形本(菊半裁判)、中形本(四六判)、寸珍本(四六半裁判)が知られています*2

 

*1:舟を編むAmazonビデオ-プライム・ビデオで http://amzn.to/2l2b675 2016年11月23日閲覧

*2:境田稔信(2003)「明治期国語辞書の版種について」,飛田良文ほか編『明治期国語辞書大系 書誌と研究』大空社

続きを読む

辞書マニアによるアニメ『舟を編む』第5話感想と解説。学習辞書の改訂ペース

多事多端につき更新が遅くなってしまいました。アニメ『舟を編む』の第5話が放送されてから6日も経っています。こういうのは内容に凝るあまり本放送に後れを取ると更新が億劫になってしまうものです。今回は短くまとめたいと思います。

 

※以下、アニメ本編の画像はAmazonプライム・ビデオ『舟を編む』第5話「揺蕩う」*1をキャプチャしたものです。

 

学習辞書の改訂ペース

大暴れをして上層部に睨まれた辞書編集部が、『大渡海』の編纂を続ける条件として突きつけられたのが「去年改訂したばかり」だという『玄武学習国語辞典』(以下、『玄学』)の改訂でした。

 

辞書は刊行されたそばから改訂が始まるとはよく言いますが、出版社で具体的な改訂作業が行われるようになるまでにはさすがに少し時間が空きます。たとえば、『三省堂国語辞典』の第6版(2008年)が発売されてから、第7版に向けての編集会議が行われるまでには、3年間の「インターバル」があったそうです*2

 

*1:舟を編むAmazonビデオ-プライム・ビデオで http://amzn.to/2l2b675 2016年11月16日閲覧

*2:飯間浩明(2013)『辞書を編む』光文社 p.20-

続きを読む

辞書マニアによるアニメ『舟を編む』第4話感想と解説。大渡海の「右」と西岡の先見性

辞書編纂を描いたアニメ『舟を編む』の第4話が放送されました。いつも通り、辞書オタクがこのアニメのどこを見ているのか、つらつら書きましょう。

 

※以下、アニメ本編の画像はAmazonプライム・ビデオ『舟を編む』第4話「漸進」*1をキャプチャしたものです。

 

『大渡海』の右

原稿執筆の見本として大写しになったのが「右」の原稿でした。

 

f:id:fngsw:20161104223955j:plain

 

まず「アク」欄があることに目がいきます。『大渡海』は見出し語にアクセントの情報を備えることを計画しているというわけですね。「平」は「平板」で、簡単に言えば、「右」は、「右が」のように助詞がついたとしても音の高さが下がるところがないということを表しています。

 

中型辞書の三英傑『広辞苑』『大辞林』『大辞泉』のうち、アクセントの情報が示されているのは『大辞林』のみです。もし『大渡海』にもアクセントが掲載されるなら、大きな売りになるでしょう。

 

原稿の本文は、実在する辞書の語釈のパッチワークになっています。当ブログでちょうど「右」の語釈を比較している最中で、その先取りといった感じにもなってしまいますが、それぞれどの辞書にある表現か見てみます。

 

まず、『大渡海』草稿の「右」①です。

 

横に広がる、または並ぶもののうち、一方の側を指す語。北を向いたとき東に当たる側。縦書きの本の偶数ページに当たる側。「明」の「月」のある側。「リ」の字の線の長い側。「―に曲がる・―のほうへ進む」
②「右①」に当たる手。右手。「―投げ」
③前に述べたこと。「―御礼まで」 

 

*1:舟を編むAmazonビデオ-プライム・ビデオで http://amzn.to/2l2b675 2016年11月4日閲覧

続きを読む

「右」は国語辞書でどう説明されてきたか(3)『岩波国語辞典』以前

前回までに、戦前までの辞書における「右」の語釈を見てきました。

「右」は国語辞書でどう説明されてきたか(1)明治の辞書 - 四次元ことばブログ

「右」は国語辞書でどう説明されてきたか(2)大正~戦前の辞書 - 四次元ことばブログ

 

戦後になり、ようやく「右」の語釈に個性と呼ぶべきものが現れてきます。やはり刊行順にどんどん見てまいりましょう。

 

前回最後に見た『明解国語辞典』(以下、明国)の改訂版が、三省堂が戦後はじめて出した小型辞書です。初版の語釈から「人が」を削り、若干こなれました。

 

みぎ(0)[右](名)(一)日の出るほうへ向かって、南のほう。
――『明解国語辞典』改訂版(1952)

 

続きを読む

辞書マニアによるアニメ『舟を編む』第3話感想と解説。リン太とヒレカツ

アニメ『舟を編む』の第3話、よかったですねえ。見どころがたくさんありました。もちろん、辞書マニア的見どころもてんこ盛り。今週も感想と解説を雑多に述べてまいります。

 

※以下、アニメ本編の画像はAmazonプライム・ビデオ『舟を編む』第3話「恋」*1をキャプチャしたものです。

 

用例カードを鑑賞する

これまでのように一つ一つ出典を特定してもあまり意味が無さそうなので、今回は重要なポイントだけ味わうことにしましょう。

 

f:id:fngsw:20161030221902j:plain

f:id:fngsw:20161030221916j:plain

 

第1話の感想で、玄武書房の用例カードは転記によるものが主で、見坊豪紀が実践していた「切り抜き法」は行われていないようだと書きました。しかし、今回の放送で、実物の切り抜きによるカードも多数あることが判明しました。こちらの方が資料としては正確なものになりますから、結構なことです。

 

「木偶(きでこ)」は『日本国語大辞典』初版の見出し語をカード化したものですが、さすがに『日本国語大辞典』そのものを切り抜いたのではなく、コピーした上で切り貼りしているのだと思います。

 

続きを読む

「右」は国語辞書でどう説明されてきたか(2)大正~戦前の辞書

前回のエントリで、明治時代の辞書が「右」をどう説明してきたか見てきました。

fngsw.hatenablog.com

 

方角を用いた説明方法を採用した辞書が多数を占めていましたね。本稿から大正時代の辞書に突入しますが、結論を先に言ってしまうと、やはり方角方式がほとんどです。余計な説明はなるべく省いて、どんどん見ていくことにします。

 

『日本大辞書』を編んだ山田美妙は、晩年『大辞典』を編纂し、完成を見ずに亡くなります。この辞書の「右」は、正確性を期したのか何なのか、持って回った言い方です。

 

みぎ (右)[根] 人ガ東ニ向カツタ位置デ、ソノ南ニ寄ル部分デアルコト。ひだりノ対。
――『大辞典』(1912)

 

おっと、『大辞典』は1912年5月の刊行なので、まだ明治時代でした。改元は7月ですね。

 

今度こそ本当に大正は3年、郁文舎が刊行した『辞海』は『辞林』の引き写しが指摘されており、「右」の語釈もよく似ています。もっとも、『言海』以来の他の辞書とも似ていますが。

 

みぎ【右】名(一)南へ 向ひて 西の方。みぎり。
――『辞海』(1914)

 

続きを読む