み-ぎ(名)|右|(一)人ノ身ノ南ヘ向ヒテ西ノ方。左ノ反。ミギリ。
――『言海』(1889~91)
辞書を引き比べるのに「右」がもってこいだという話は、いつごろから定着したのでしょうか。「定着」しているとまでは言えないかもしれませんが、辞書ファンの間で「有名」な話であることは確かです。
ひとつ、個性をみるのに有名な例を挙げると、「右」は〔後略〕
――サンキュータツオ(2013)『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』角川学芸出版 p.44
井上ひさしが『岩波国語辞典』の「右」「左」の語釈を賞嘆したことが大きなきっかけではあるでしょう。
筆者のようにまず〔みぎ〕と〔ひだり〕を引いて、
「これは凄い辞典だ」
と感嘆したものもいる。
――井上ひさし(1982)「続・理想の辞書」『本の枕草紙』文藝春秋 p.140
あるいは、小説『舟を編む』の冒頭で、辞書編集者が「右」の説明のしかたの巧拙で後継者を探すシーンが有名になったことも契機かもしれません。
「きみは、『右』を説明しろと言われたら、どうする」
――三浦しをん(2011)『舟を編む』光文社 p.19
そういうわけで、「右」の語釈を読み比べる試みは各所でなされているようですが、ほとんどが現在流通している辞書にだけ注目したもので、見たところ、過去の辞書に目を向けるものは無さそうです。
しかし、本当に辞書の「個性」を理解したいのなら、同時代のものを引き比べるだけでなく、古い辞書も引いてみなければなりません。現代の辞書はそれぞれがゼロから突然に誕生したものではなく、明治時代、あるいはそれ以前から連綿と続く歴史と系統の上に成立しているのです。過去を無視すれば、その辞書の哲学を深く理解することはできませんし、辞書の個性について見当違いな解釈をしてしまうことさえあります。
さて、説教はこのくらいにして……冒頭の「右」は、近代的な国語辞書の祖とされる大槻文彦の『言海』から引いたものです。「右」の語釈を引き比べたことのある人ならおわかりでしょうが、方角で「右」を説明するのは、現在の辞書の多くも採用している方法です。
もう少し遡ってみましょう。『言海』に直接の影響を及ぼしたと考えられる明治期の辞書に、雅語を見出し語としたものがありました。『言海』に先立つこと4年、明治18年に出た『ことばのその』(以下、『その』)を引いてみると、すでに方角を用いた説明をしています。
みぎ ナ 右○ はし を もつ て の かた、みなみ に むかへ ば ひ の いる かた なり
――『ことばのその』(1885)
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